主人公

藤田

主人公

警察官になりたい。


高校三年生、進路を決めなければならない時期に俺はそう思った。選択を迫られて無理矢理に決めてしまう形ではあったが、いざ考えてみると警察官というのは自分のしょうに合っている気がした。昔から悪いことなんてしたこと無かったし、人並み以上にそういった事に嫌悪感を抱いていたように思う。今となっては警察官以外はありえないと豪語するほどだ。







特に面白くもないSNSの文字列を眺めていた。

発車時刻よりも少し早く駅に着いてしまい暇を持て余ている。そんな時だった。


電車の待機列の最前に並んでいた俺の横で立ち止まり腰を曲げて覗き込む男に気が付く。やけに立体感のある茶色の髪が目に付いた。その男は俺と目が合うと顔をほころばせた。


「やっぱり、ケンジだよね?」


男が声を弾ませ呼んだのは俺の名前だった。しかし俺はその相手の事を知らない。


「え、と」


俺は面食らって上手く言葉が出なかった。男はその様子を少し面白がるように唇を持ち上げてから言った。


「俺だよ、ヒロシ」


途端、記憶の中の過去の友人と目の前の男が重なる。


「あぁ、中野か」


中野ヒロシと俺は中学時代の部活仲間であり友人だった。再会を懐かしむ感情よりも当時からえらく変わってしまった中野の容姿に驚いていた。まぁ変わったのは容姿に限らないようであったが。


中野は俺の隣に並んだ。俺の後ろに並ぶ数人を抜かして、だ。その図々しさに少しばかり嫌悪感を抱く。


変わっちまったなこいつ、と。




やがてやってきた電車に乗り込み、俺たちは昔(と言っても3年やそこら)の話に花を咲かせた。すると俺たちが受験生というのもあり話は進路についてのことになって言った。


「俺さ、将来は学校の先生になりたいんだ」


中野が自慢げにそう語った。あるいは進路の話を始めたのもこれを言いたかっただけなのかもしれない。


俺が知っている中学時代の中野は(俺と同じく)地味で冴えない生徒だった。当時からすれば教師など考えられないが、今の俗に言う高校デビューをしたのであろう姿を見ると何を考えているかはある程度わかる気がする。


正直、軽薄に変わり果ててしまった過去の友人の話にあまり興味はないが冷たくするのも違う気がするので「なんで教師?」と聞いた。


「俺さ、中学時代はコンプレックスを抱えて悶々と生きていたじゃん?だからそういう苦しみとか人一倍わかってると思うんだよ。で、そういう自信がなくて弱い立場に置かれてる生徒を救いたいと思ってさ」


「いい目標だな」


俺は肯定の言葉を口にしたが内心は違った。嫌悪を通り越して笑えてくる腹の中だった。中野の話ではまるで彼は悲劇のヒーローかなにかではないか。少なくとも中野は自分は被害者で今は正義の味方かのような物言いをした。


しかし俺は忘れない。中野は決してただのか弱き小市民などではなかった。中野は中学時代、部活内でイジメをしていた。体も気も弱くて強く人に意見を言えないような、つまり中野よりも弱い立場の人間に雑務を押し付けたり酷く罵倒したりしていた。


それが今では弱い立場の人間を救うなどとほざいているわけだから片腹痛い。


しかしいっぺんの雲りもない眼でその夢を語る中野の様子を見ているともしかすると彼は過去のそんなイジメの加害のことなどすっきり忘れてしまっているのかもしれなかった。人間なんて記憶を都合よく改変してしまうものなのだろう。彼の中では自分は物語の主人公に見えているに違いない。


人によってはそんな過去のことを、と思うのかもしれないが俺は許せなかった。こういう時にやはり自分は正義感が強いのだと実感する。


中野とは目的の駅に着いて別れた。結局俺が自分の夢について語ることは無かった。







あれからまた数年後。中野と再開したのは中学の同窓会だった。その頃には俺は警察官という夢を叶えていたのだった。


宴もたけなわ、1次会はお開きになり明日仕事のある俺は家に帰ることにした。その時、偶然中野とタイミングが合い駅まで一緒に歩こうということになった。


同窓会という場と酒でテンションが上がっていたのもあり、俺は自分の夢だった警察官になれたことを中野に語った。


彼も酔っているのでその時の発言は紛れもない本音だったんだろう。中野は衝撃的なことを言った。


「すげぇじゃん、警察官。立派だよ〜!いやぁお前が警察官かぁ…でも、似合わねぇな!」


「なんで似合わねぇんだよ」


「だってー、お前、正義の味方って柄じゃねぇだろ。だって中学の時、とかしてたし」


「は?何言ってんだよ、イジメてたのはお前だろ?」


俺は訳の分からないことを言う中野に苛立ち、声を荒らげた。


しかし、何度言い返そうと中野はイジメの主犯格は俺であり自分はしかたなく合わせていたのだと言う。


記憶を振り返るが、絶対にそんな事はないはずだった。昔から人一倍強かった自分がそんなことをする筈が無いのだ。


そして最後に中野はこう言った。


「まぁ人間都合の悪いことは簡単に忘れるってことか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

主人公 藤田 @Nexas-teru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る