十五夜の夜

夜桜

お月見

ほぼブラックな会社で働く私、斎藤 明香。

今年で27だというのに、まだ結婚していない。なんなら彼氏もいない。

このままでは婚期を逃して後悔すると周りの人たちから言われている。しかし、付き合ってきた男性は最低な奴ばかりでもう、男性なんて信じられないでいた。


暗い考えを頭に残し、家へと帰宅する。


「ただいまー」


玄関の扉を開けながら言ってみる。

もちろん、返事をしてくれる人など誰もいない。


「おかえりなさい」


…え?

誰もいないと思っていた私の家から、声が聞こえてきた。しかもまだ幼い感じの声が。

周りを見る。

すると、玄関から一番近い部屋のドアの隙間から人影がみえた。

まさか泥棒?

いや、泥棒がおかえりとか言わないか。

そもそも、声からして小さい子みたいだし。

恐る恐る人影がみえたドアに向かう。


ドアを開ける。


「……女の子?」


目の前にいたのは、毛布にくるまり頭だけを出している女の子だった。

私に子供がいるはずはない。まさか、迷子?

色々と頭の中で考えていると、女の子が嬉しそうに私に近づいてきて足にしがみついてきた。


「ご主人さま、抱っこしてほしい」


「ん?え、ご主人さま?」


「うん、ご主人さま」


足にしがみつき抱っこを要求してくる女の子は何故か私のことをご主人さまと呼んでいる。

全く状況が理解できないでいる。


「抱っこしてほしい」


「うーん、わかったよ。おいで」


取り敢えず女の子の言うとおりに抱っこをする。

別に可愛さに負けたわけではない。

抱っこが嬉しいのか、女の子は微笑んだ。

抱っこしながら改めて女の子のことよく見てみる。

薄茶色の髪、クリっとした目、整っている顔立ちはとても可愛い。

にしても、どこかで見た覚えがある。

一体どこだっけ…


「あっ!」


「っ!大きな声、びっくりした」


思い出した。

ウサギの輝夜だ。薄茶色の毛並みにクリっとした目。ということは。

急いで輝夜のいるであろう小屋を覗く。


「やっぱり、いない」


「なにがいないの?」


「輝夜を探してるの」


「ここにいるよ?」


…ですよねー。

やっぱりこの女の子が、輝夜なのか。


「あなたがウサギの輝夜なの?」


「うん。神さまが人間の姿に今日だけ特別ってかえてくれたの」


なるほど。

納得はできない。けど、実際にこの子はいる訳だし、現実なのだろう。


「ご主人さま、お腹すいた」


「あー、ご飯まだだもんね。どうしよう、何かあったかなぁ」


キッチンに行き、何か食べるものがないか探してみる。普段からカップ麺など不健康なものを食べていたので、ろくな物がない。

色々なところを開けていく。


「おっ、コレならいいかも」


「ワクワク」


「じゃーん、お餅!」


「わぁーい…おもちって何?」


「ありゃ、知らないか。それじゃあ、今から一緒に焼こっか」


賞味期限がギリギリ切れていないお餅を見つけ、輝夜と一緒に焼くことにする。

てっきりウサギだからお餅は知ってると思っていたけど、まぁ童話の中じゃないから知らないのかな。

リビングの奥、ベランダの近くに机を運んだ。そこにコンロとお餅、フライパン、きな粉と醤油を並べ、準備はOKだ。


「よしっ、焼くよ。輝夜」


「うん!」


フライパンの上にお餅をのせ、焼いていく。

しばらくするとお餅はだんだんと膨れてきた。


「わっ、ご主人さま!おもちがプクッてしてる」


膨れているお餅をみて、輝夜ははしゃいでいた。

ある程度焼けてきたらお皿に移し、きな粉や醤油それぞれの味につけていった。

よく味をつけたら。


「はいっ、完成〜」


「すごい。ご主人さま、食べていい?」


「どうぞ、召し上がれ」


輝夜はフゥフゥとお餅を冷まし、口に運ぶ。もぐもぐと食べ、飲み込む。

お餅一個を食べ終えると、私の方を見てきた。


「ん、どうかした?」


「おもち、おいしい!」 


「おぉ、そっか。よかったね」


相当美味しかったらしく、その後もよく食べた。


「お腹いっぱい」


「結構、食べてたもんね」


その場で寝そべり、こちらを見つめる輝夜。

ウサギの時も可愛いが人間の姿になって、さらに可愛い。

こんな子がずっと側にいてくれたらいいのに。いや、実質ペットだし、元々一緒にいた事になるのか…。


「あ、ご主人さま。お月様がキレイだよ」


「本当だ。綺麗だね。

 …そっか、今日は十五夜だもんなぁ」


月は丸くていつもよりも明るかった。あまりの美しさに、二人して夢中で月を眺めた。


「ご主人さま、好きです」


「うぇっ!?」


唐突な告白!?

驚きを隠せず、変な返事をしてしまう。


「ど、どうしたのいきなり」


「いつも遊んでくれたり、なでなでしてくれるの嬉しい。だから、ありがとう」


なるほど。そういう意味か。

少しでも変なことを考えそうになった私を殴ってもらいたい。


「もっとお話したいけど、もう少しでお別れなの寂しい。もっとギュッてしてて欲しい」


不安そうにこちらを見つめ、私の腕の中へ飛び込んできた。不安だからだろう、少し身体が震えていた。

私は輝夜の頭を撫でながら、落ち着かせるようにいう。


「大丈夫だよ。確かに、ウサギの姿に戻ったらお話はできないけど、私はいつでも輝夜のそばにいるから」


その言葉に安心してくれたのか、輝夜が微笑んだ。

つられて私も微笑む。


「あっ、ご主人さまが笑ってる」


「私だって笑うよ?」


「でも、笑った顔を輝夜は始めてみた」


…そう言えばそうかもしれない。

あまりにも会社での仕事が忙しすぎて、笑ったりとかしてなかったかも。

輝夜のおかげで少しだけ楽しい時の感情、思い出せたな。


「輝夜、私のそばから離れないでね?」


「もちろん!ご主人さまのそばにずっといる」


「輝夜がそばにいてくれたら、嫌なことでも全部吹き飛んじゃうや」


輝夜を抱きしめ、私は言った。

しばらくそのままでいると、腕の中から寝息が聞こえてきた。

輝夜が眠ってしまったらしい。

気づけば結構遅い時間になっていた。

さっきよりも月が傾いている。

今日はなんだか不思議な日だったな。

まさか輝夜が人間になるなんて。

…また、こんな日が来るかな。

もう一度喋れる日が来るかな。

考えていると、だんだん眠くなってきた。


「おやすみ、輝夜」


そのまま私は眠りについた。




翌日。

眠い目を擦りながら、昨日の出来事を思い出す。

隣を見るとウサギの姿の輝夜がいた。

昨日のは私が疲れすぎてみた夢だったのかな?と一瞬思ったがどうやら違った。

机の上に置かれた2枚のお皿の近くに、小さな紙が置いてあった。

紙にはこう書かれていた。


『ごしゅじんさま、ちゃんとそばにいるから。おしごと、がんばってね』


字は平仮名で今にも消えてしまいそうに薄かった。きっと書き方を練習して頑張ったのだろう。

この紙は夢じゃなかったという証拠かな。

昨日は本当に輝夜と喋ってたのか。

なんだかこの紙を見るたびに、勇気をもらえそうだ。

隣で輝夜が目を覚まし、私にすり寄ってきた。

輝夜の頭を撫でながらいう。


「また、お月見しようね」

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十五夜の夜 夜桜 @yozakura_56

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