魔女マヤさんの日常

清水川涼華

秋の足音

ミオさんの相談

 小高い丘の上に、ログハウス風のとても可愛らしいおうちがありました。玄関先には毎日お日様の光をたくさん浴びて、きれいなお花が咲きそろった花壇がありました。


 おうちの西側には小屋があり、渡り廊下で繋がっていました。小屋の正面玄関の前には、ブラックボードの看板が立てかけられています。


「mayaの部屋〜手作りアクセサリー、アロマグッズあります」

 看板にはパステルカラーのマーカーで、夢いっぱいのイラストとともにそう書かれていました。


 そしてボードの隅っこに、あまり目立たないように小さな文字でひっそりと

「カウンセリング承ります」

 そう書いてありました。

 ここが、魔女マヤさんの仕事場です。


 8月も後半に入ったある日のことでした。

「おはようございま〜す!」

 午後5時を過ぎた頃、マヤさんのお弟子さんがやってきました。平日は会社勤めをしていて、夕方から夜にかけてお手伝いに来ているミオさんです。


「おはよう、ミオちゃん。喉の調子はどう?」

 マヤさんは言いました。昨日ミオさんの声が少し枯れていたので、気にかけていたのです。


「ハイ、ご心配おかけしました。今日はこんな感じです。昨日よりは楽になりました。先生にいただいたキャンディーがよく効きましたよ」

 ミオさんは元気に答えました。


「それなら良かったわ。でも無理はしないでね」

「はい、気をつけます」

 ミオさんは上着をハンガーラックにかけてエプロンを身につけました。


「あの、先生」

「なあに?」

「会社の同僚で、少し様子が気になる人がいるんです」

「どうしたの?」


「普段は明るくてよく笑う人なんですけど、この頃急に元気がなくなって…お昼ご飯もまともに食べていないみたいなんです。仕事中もボーッとしていて、今日は先輩に注意されてました」

「それは心配ね」

 マヤさんはお茶をひと口飲みました。


 ミオさんはアクセサリーのパーツ整理をしながら話を続けます。

「他の同僚の噂だと、どうやら失恋したみたいなんです」

「あら、まあ」

「詳しいことは知らないんですけど」


「その人とあんまりお話をしたことはないの?」

「そうなんです、特に親しいわけではないんです。でも…」

「でも?」


「あまりにも様子が変わってしまったので、これからどうなっちゃうのかなって、周りも不安になっているんです。同じフロアの子たちみんな雰囲気が悪くなっちゃって…」

「他の人たちのお仕事にも影響しそうなの?」

「そうですね、今までその人が率先して仕事を動かしていることが多かったので、チーム全体の士気が下がってしまった感じですね」


 ミオさんは意を決したように言いました。

「あの、先生…」

 マヤさんは黙ったままミオさんの次の言葉を待ちました。


「すごくおせっかいなのはわかっているんですけど…その人をこちらに連れてきても良いでしょうか?一度先生に会っていただきたくて…」

「そうねぇ…」

 マヤさんは遠くを見ながら答えました。


「本人がそれを望むならね。無理に元気にさせようとするのは逆効果だよ」

「ハイ、承知してます」

「それほど親しい人ではないのなら、尚更だよね」

「ハイ…」


 それでもミオさんが本当に、その人のことを心配しているのを察したマヤさんは言いました。

「ミオちゃんが、その人にちゃんとお話して連れてくることができるなら、私は大丈夫よ」

「ホントですか⁉︎」


「さっきも言ったけど、本人が望んでいるならね。このままじゃいけない、何とかしなくちゃって思う気持ちがあって、ここまで足を運ぶことができるなら、私はお話を聞きますよ」


 ミオさんは立ち上がって、とてもうれしそうに大きな声で言いました。

「ありがとうございます!先生!本当にありがとうございます‼︎」

 マヤさんはちょっと笑いながら言いました。

「ミオちゃん、すっかり喉の不調が治ったネ」


 そしてこう付け加えました。

「ミオちゃんの勘は当たるんだよね。あなたは人の心の痛みを感じることができる人だから」

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