暗夜異聞 再会……

ピート

 

 古い記憶だとすぐにわかった。

 これは……祖父と最後に会った時の記憶だ。

 何故こんな夢を?

 ……?何故、上から俺と祖父を見下ろしているんだ?





「じいちゃん、寒い」

「海に行くって言ったのは、蒼じゃないか」冬の海風の寒さを知らなかったようだ。

 わがままに付き合って、海までの散歩だったが、海風の冷たさに蒼の歩みも遅い。

「こんなに寒いなんて思わなかったもん」

「あそこの自販機で温かいものでも買うとしようか」

 蒼の冷たくなった手を握ると、並んで歩く。

 夏とは違い、この時季の海岸沿いは人影は少ない。

「じゃあ、競争!」

 そう言うと蒼は駆け出した。

「転ぶぞ!蒼!」

 走り出した孫を追いかける。

「蒼!どうした?」

「…………」

「わしも老いたか」

「死ね!!」小さな手にはナイフが握られていた。

「まだ死ねないな」ナイフを避けると、蒼に氣を当てる。

「孫の身体が心配じゃないのか?」

「それで死ぬようならそういう運命だっただけだ」

「な!?」

「誰かの手にかかって死ぬなら、この手で殺すまで」

「!?」蒼の身体に氣を籠めた正拳を打ち込む。

「なかなかやるじゃないか」

 躱された攻撃に驚くこともなく、連撃を打ち込む。

 小さな身体で防御に回っているが、祖父さんの攻撃は緩まない。

 祖父さん本気か?

 過去を視ているのだと思う。が、こんな事をされた記憶はない。

「孫もろとも殺す気か?」

「孫の命、惜しくないとは言わんが、さっきも言ったようにここで死ぬならそこまでさ」

 返事はするが、祖父さんの攻撃の手は緩むことがない。

 俺の身体を乗っ取っている何者かも、それを躱すなり、防ぐなりしてるが、一方的に祖父さんが攻撃してる。そこには迷いは一切感じられない。

 俺、祖父さんに甘やかされてた記憶しかないんだけど、これは本当に俺の記憶なのか?

「孫の身体を人質に取れば、わしの手が緩むとでも思っておったなら見当違いじゃったの」

 そう言って放たれた攻撃は小さな子の足を削り取るような一撃だった。

 防御したようだが、小さな身体が宙に舞う。

 浮いた身体に祖父さんは躊躇なく攻撃していく。

 身体の自由を奪うように、宙に舞った身体をそのまま打ち上げるような連撃だ。

 氣を纏った攻撃は、何度も小さな身体を貫く。

「さて、蒼の身体はどんな感じかの」

 攻撃を受け、落ちてきた俺の身体を祖父さんは抱きとめると確認する。

「ふむ、折れてはおらんな。さて、蒼の霊体は何処に……」

 目が合った。

 そう思った瞬間、小さな身体に俺の意識は引っ張られていく。

「上で見ておったのか、蒼。悪いヤツはじいちゃんがやっつけてやったぞ」

 そう微笑む祖父さんの笑顔は、いつも俺に向けられていた優しい笑顔だった。

「じいちゃん?」

「この記憶はしばらく忘れておいた方がよさそうだな」

 祖父さんの手が優しく俺の頭を撫でる。

 その手は青白く輝いていた。

 そのまま俺は眠ってしまったようだ。

 そして、この記憶はその時に封じられたということか。



「随分な仕打ちね」

「引き受けてくれるだろ?」

 目が覚めた時に聞こえたのはそんな会話だった。

 祖父さんの横には見たことのない外国人の女の子がいた。


「お目覚め?」

「?……じいちゃん?」

「蒼、この子はルルド。じいちゃんの……友人みたいなもんだ」

「はじめまして、蒼。よろしくね」

 そう微笑む笑顔は天使のようだった。

 姉さんと初めて会った時か……寝てる間にどんな会話があったんだろう?

「蒼、魔女に誑かされないようにな?」

「魔女?」

「ルルドは魔女と呼ばれておるのさ」

「……そうなの?こんなにきれいなのに?」

「綺麗なのに?」不思議そうにルルドが聞き返す。

「お話に出てくる魔女は怖いお婆ちゃんだよ?」

「ルルドはお婆ちゃんみたいなんもんだ」

「宗次郎、私を怒らせたいのかい?」

「じいちゃん、ルルドはお婆ちゃんじゃないよ。お姉ちゃんだよ」

「宗次郎、この子貰っていいかい?」

「孫に何するつもりだ」

「可愛い坊やだから、愛でようと思っただけだよ」

「だめだ」

「坊やじゃないよ、蒼だよ」

「蒼はいい子だね、宗次郎とはえらい違いだ」

「宗次郎?」

「じいちゃんの名前だよ、蒼」

「……宗次郎。じいちゃんカッコイイ名前だね」

「蒼の名前もカッコイイぞ」

「何この可愛いの、やっぱり貰っていいかい?」

「ルルドお姉ちゃんも可愛い名前だよ」

「お姉ちゃん……。蒼は弟にしよう。宗次郎そういう事にするから、可愛い弟としばらく遊んでもいいかしら?」

「蒼、ルルドが遊んでほしいって」

 少し困ったように、でも祖父さんの表情は優しい。

「お姉ちゃん、何して遊ぶの?」

「何しようねぇ」

 そう言いながら、ルルドは小さな手を優しく握ると海岸の方に歩き始めた。



 そうだ、この日ルルド姉さんとも初めて会ったんだ。

 遊んで、また会う約束をして姉さんは笑顔で帰っていった。

 祖父さんが亡くなったのは、この日の夜だった。

 葬儀に姉さんが訪れる事はなかったし、その後会う事もないままだ。

 もしかしたら、姉さんはそれを知っていたんだろうか?

 この記憶が戻ったのは、きっと俺が力に目覚めたからなんだろうな。

 祖父さんが俺を守っていてくれた。

 でも、この力をどう使えばいいのか?そして、力を持たなかった俺を誰が守っていたんだろう?

「お目覚め?」

 突然の声に振り返る。

「……姉さん?」

 いつの間に部屋に入ってきたのか、そこにはあの人変わらないままのルルドがいた。

「再会を約束してただろう?」

「記憶が戻ったから来てくれたのかな?それとも……」

「力が目覚めたんだろう?記憶はその時戻ると宗次郎に聞いていたからね」

 あの時と同じように祖父さんを名前で呼ぶその声は、懐かしむような響きがあった。

「それで?」

「蒼は随分と用心深くなったようだね。私はあの頃の素直で可愛い蒼のままでいて欲しかったのに」

「信じていいのかもわからないからね」

「信じてくれてるから姉さんと呼んでくれたんじゃないのかい?記憶が戻ったんだ、私があの日訪れた事、あの日何者かに身体を奪われていた事。そして、その日宗次郎が死んだ事。力が目覚めた途端私が現れた事、それも知らないうちに部屋の中にね。疑うのは当然のことさね。でも、私は可愛い弟に会いに来ただけさ。あの日、あの場所にいたのは宗次郎に呼ばれたから、日程を約束していたわけじゃないけどね」

「祖父さんがルルドを?」

「あぁ、呼ばれたのは半年以上前だったけどね。こう見えて私も色々と忙しい身でね」

「あの日祖父さんが亡くなったのは?」

「偶然だね。そもそも私は宗次郎とは仲良くしていた、蒼にも友人と紹介してくれていたはずよね」

「俺の身体が誰かに奪われていたのは?」

「宗次郎には友人が多かった、そして敵も多かった。それに蒼も狙われていたしね」

「俺も?」

「あの日から力が目覚めるまで、蒼を守っていたのは宗次郎の友人さ。私も使い魔で様子は見ていたけどね。力が目覚めた途端此処に現れたのは、使い魔の眼を通してその前兆に気付いていたからさ」

「祖父さんの友人って?」

「蒼がその力をどうしたいのか悩んでるのなら、その内現れるだろうさ。ただ、そんな連中を待たなくても、私と一緒に来れば何にも問題はないけどね」

「姉さんと?」

「可愛い弟が困っているのに、放っておくような真似はしないさね」

「長く会ってなかったのに、俺を信用出来るの?」

「長く会ってなかったのに、蒼は私を姉さんと呼んでくれたじゃないか」

 そう言うとルルド姉さんは微笑む。あの頃のように無邪気な天使のような微笑みだ。

「でも、一緒にはいけないよ。俺はまだこの生活を手放したくはないし、そもそも逃げるようなことをした記憶もないからね」

「戦うかい?」

「必要ならね。しなくていいケンカはしたくないし、そもそも俺は臆病者だからね」

「臆病者なら逃げ隠れるんじゃないのかい?」

「祖父さんが戦ってた相手から逃げるのは……孫として恥ずかしいじゃないか」

 しばらく墓参りも行けてないってのに、余計顔向け出来なくなる。

「私も長くはいられないけど、その力の事、そして宗次郎と蒼が狙われてる理由だけ話していくとするよ」

「一緒に行けなくてごめんね、姉さん」

「弟の我儘を許してやるのも良き姉というものさね」

「そこは叱るとこじゃないの?」

「𠮟るべき我儘ではないと姉が判断したってことさ」

 姉さんは少し困ったように笑うと、祖父さんと俺自身の話を聞かせてくれた。




「その内、宗次郎の友人が現れるだろうけど、どういった付き合いをするかは蒼が判断すればいい。私はしばらく来れないけど、何かあった時はその使い魔を飛ばせばいい」

「心配?」

「可愛い弟が、次に会う時に逞しくなってる事を楽しみにするさね」

「期待に応えられるように努力するよ」

 僕の言葉を確認すると姉さんの姿は部屋から消えた。

 さて、俺はどうすべきか、じっくり考えるとしようか。

 姉さんと再会した時にガッカリされないようにしないとなぁ。



 Fin

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