第45話 数え終わった男

こんな寂れた校舎の階段を上がった先になにがある?


奴等に行かされた。

行けば分かるからと。


夜の知らない廃校の中は不気味ですでに後味が悪い。入る前に奴等に捕まったせいでこの廃校の全体像も把握しきれなかった。

こちらの言うとおりになるものが何もない世界。

持ってきていた懐中電灯の光だけがくすんだ灰色の階段を照らしている。

友人は解放されて自分だけが上らされた。こんなところに来るんじゃなかったと後悔してももう遅い。

友人は無事だろうか?誰か助けを呼んでくれるだろうか?こんなところに連れてくる友人だから期待はできない。

夏休み最後の日にしては最悪の部類に入るよな、と苦笑混じりに呟いた。


乾いた空気が肌に触れ、喉を枯らし、腐敗した木や獣の死臭が鼻につく。

一段一段踏みしめる自分の足音が階段に反響している。階段の壁の向こうから人の声や虫や鳥の鳴き声が聴こえてくる気がする。

靴底は確かに階段を踏んでいるのに踏み切れないのはなぜだろう?

足の裏の痛みとふくらはぎが徐々に張っていくことで体の存在を確認できる。

もう踊場すらない。

斜めに続いていくだけの階段がある学校などあるはずがない。

何時間上った?

まだ続くのか?

おかしいと思っても足を止めることはしなかった。

階段を上る。

ひとつのことしかできない人間だと笑われてきたがひとつのことだけはできる人間だとも思っている。

いつしか、それだけでもいいだろと腹をくくった。

また一段。


結局屋上はなかった。

下りの階段も。

上りだけの階段。

階段の先だけが続いていて後戻りはできない。

うしろを振り返っても暗闇の中で、奴等がこちらを見ているだけ。友人たちも混じっている。もう友人じゃなくなってしまったようだ。

「行けば分かっただろ?」

暗闇で顔も見えないのに奴等が笑ってるのはわかる。

「ああ」

「これからもっと分かるよ」

「97652段」

奴等がはじめてにやついた顔を引っ込めたようだ。

「お前らにはもう数えらんねぇよ」

自分は、また階段を上り始めた。

奴等はこれでもう追ってこれない。

奴等が何にも分かってないことは分かってた。

やることはひとつだけ。

また一段。


見えなくなった足で上りながら数を数える。

上げることと数を数えることは完全に一対になっていて、ひとつになってしまいとこんな容易なことはない。

ひとつということはひとつなんだよ。

そんな簡単なことは忘れてしまうんだよ。

俺だけでも長所を信じていてよかった。

また一段。


階段を踏みしめる度に階段が現れる。

1538967557680563段。

まず音が消えた。

それから匂いも消えた。

痛みを伴っていた触感も消えた。

懐中電灯の光などとうに消えてる。

暗闇すらもうない。

もう生きてはいない時間。


それでも。

こんな永遠が。

あってたまるか。

数え終わってやるよ。


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