第37話 聞こえない声

「おかえり」

妻は返事をしない。

帰宅したらメイクも落とさずソファーに横たわって何時間も動けなくなる。

「早くお風呂に入ってリラックスした方がいいよ」

返事はない。

身動きひとつない。

「食事も栄養バランスをもっと考えなきゃ」

妻はまた涙を流した。

「君なら大丈夫。俺は知ってる」

知ってるとも。


薄まっていく自分の体を見ながら夫はいつもの言葉をつぶやく。


ごめん、君のために死ねなかった。

ただなんの意味もなく死んだ。

産まれてくる子には君が意味をつけてくれ。


そう虚空に。

聞いてほしい人に聞こえない声で。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る