第九十五話 天馬
苦笑しながらも
「華軍殿! 十数える間だけ、蜥蜴の意識を受け持ってはいただけませんか!」
尾の切断点さえ見つかれば十分に勝機はある。それを十数える間に見つけられるかどうかは、正直なところ賭けでしかなかったがこのまま手を拱いて逃げ回っているよりはずっと前向きだろう。それに。
もう一度、子公に矢を射かけてもらう、というのも手の一つだが、子公が持っているのが神器の類なら相当に精神力を擦り減らしているだろう。愚直なまでの武官である文輝ですら
頭上を足元を暴れ回る蜥蜴の尾に翻弄されながら、それでも文輝は必死に切断点を探した。
華軍が呆れたように一笑に付して、そうしてごう、と吼える。
「結論が出ているのななら問うな! 他者の行動を制御したいのであれば、命じろ!」
「では遠慮なく! 任せました! 一!」
言って文輝は
轟音が響き、巨大な黒い靄に辺りが包まれる。少しずつ空気と馴染んで靄が薄れるのに従って、雨脚が弱まり始めた。怪異の神威が弱まっている。喰らうなら今だ。
受け身を取った文輝の上空を越えて赤虎が疾駆した。
「華軍殿!」
「
「際どいけれど試してみるよ」
空間移動でもしたかのように土砂の裾野へと疾駆した赤虎の顎が委哉の衣を咥えると中空へと放り上げる。少年の輪郭がじわり、と雨雲に滲んだ。かと思うと紅の色をした翼のある大きな狼へと変貌する。知っている。これは
「委哉――?」
「言ったでしょう? 僕たちは食事がしたいだけ。あなたたちを害するつもりなんて最初からなかった」
狼の姿で委哉が不敵に笑う。鋭い牙と牙の間から、聞きなれた少年の声に重なって低い声が漏れるのがどうしても不可解だった。重なった高音と低音の響きが遥か頭上から鳴って、のたうち回る蜥蜴を飲み込んだ。ごうごうと空が音を立てていたがしばらくするとそれが収まる。口元をどす黒く染めた天馬から小さな、文輝も現実に知る程度の大きさの灰色の蜥蜴が零れ落ちる。雨は――止んでいた。
「
「――あなたに指図されるのは不満。でも、わたしは
首夏。呼んで少女の姿が光に溶けていく。ありがとう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます