第六十四話 神器
信じるしかなかった。この広大な
七日。
七日しかない。急ごう。腹を括って、文輝は
神と神の諍いに巻き込まれて人生を振り回されている。
子公の言う通りだ。わかっていたが、文輝はその運命を忌避出来なかった。ここは神龍の国だ。神龍に見出され、国土を統治する長を決めるのに文輝の先祖は槍を貸した。その血統を色濃く継いだ文輝には神と神の諍いを最後まで見届けるという責務がある。長兄でも次兄でも同じことをするだろう。
だから。
ここで怖じている時間はない。自らの不遇を嘆く時間もない。
竦む心を叱咤激励して、そうして文輝は府庁に辿り着いた。
沢陽口全体の地図は役所の一角に丸めて置いてある。
書棚から引き抜いた資料を捲る。
白喜が祀られている廟に当たりを付ける為に頁を繰った。
史書を当たってくれ、と文輝は子公に依頼したのはまだ覚えている。白喜の詳しい出自などは子公が明らかにしてくれるだろう。だから、文輝がすべきことは白喜を探し出すことだ。探し出して保護する役目の為に
それぐらいの分別は付く。
余分なことをしている時間はない。
一冊目の資料は見当違いだと半分読んで気付く。二冊目は最初の三頁で投げた。三冊目の資料を前から四分の一程度読み進めると文輝の望む記述が見つかる。
白喜の対は
その二柱が祀られている廟の所在も次の頁に記載されている。東山の
左官たちが言葉遊びしている「鳥が先か卵が先か」という哲学の命題が頭に過ぎる。
怪異が先か、二十四白の衰退が先か。そうして文輝はもう一つ、子公が言っていたことを思い出した。
沢陽口の才子の総元締めである「
そう言われたから文輝たちは東山に登った。
幾つになるのか想像も付かない「信天翁」は四阿で――白喜を祀る廟のすぐそばで沢陽口の城郭を見守っていたのだろう。「信天翁」にそうさせたのは何だ。
東山の斜面は石華矢薙が覆っている。
その奥に進む為には
文輝は府庁を出て東へ駆けた。鍛冶屋通りはこの次の角を北に上がればすぐだと地図は示している。
果たしてそこには鍛冶屋が軒を連ねる区画があり、工匠たちが黙々と武具を作っていた。
神器というのは打ち手が決まっている。金属を打ち付ける槌の音が響く中を、文輝は銀色の
熱波の中、文輝は只管に銀環を探した。中城の鍛冶屋通りにおいても銀環の鍛冶師は二軒ほどしかない。沢陽口の城郭の規模を鑑みればあっても一軒だろう。ざっと見ただけでも十数軒の鍛冶屋が並ぶ中、文輝は足早に通りを巡る。銀環は一番北の石造りの鍛冶部屋の看板の上にあった。それを目視した瞬間、文輝は工房の中に飛び込む。完成した神器をその辺りに転がしておく馬鹿ものなどいない。神器を打てる工房とは言ってもすぐに得物は見つからないだろう。わかっていたが、文輝に選択肢はない。最悪の場合、今、刀匠が打っているものを奪おう。強盗の罪も背負う上に未完成の得物となるが、それに構っている場合ではなかった。一心に槌を打ち付ける刀匠を背に、文輝は工房の中を見て回る。盾――は見つけた。小ぶりだが文輝自身を守るぐらいには十分役に立ちそうだった。
黒鉄色の盾を手に取り、確かめていると不意に背後から声がする。
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