第五十九話 詭弁の先
史書の中に記録があるかどうかの保証はない。それでも、
「信天翁」が何をしたいのか、は未だ
それでも。多雨の怪異を自分の目で見てから既に五日が経過している。
上官に渡航の延期を申し入れるにしても見通しが必要だ。まだ何も解決していない。何の手掛かりもない。その状態で更に渡航を遅らせてほしいと要望したところで具体的な時期は示すことが出来ない。それを上官が良しとするのか。そんな闇雲な判断を下すものが部隊を指揮することは出来ない。勿論、否が返ってくるだろう。
文輝たちに残されているのは多くても十日。
その間に事態を解決出来なければ
だから、急がなければならない。
そんなことを言っていると怪異の区画まで戻ってきていたらしい。境界線を越えた瞬間、ふ、と世界が明るくなる。
この奇怪な出来ごとを日常のように感じ始めている自分に文輝は焦りを覚えた。
陽光の中、子公の紫紺が厳しい輝きで文輝を射る。
そこには彼の戸惑いがあった。
「貴様、わかっているのか。この城郭の書庫は鍵がかかっていて司書以外は入れん」
知っている。どこの書庫もそうだ。
鍵を持っているのは史書か、その書庫を管轄する
当然、文輝もそのことを認知している。
ただ。
「子公。お前の方こそわかってるか? 俺たちは今、この城郭の誰にも認知されてねえんだ」
「ははっ、貴様。よく言えたものだな。『鍵を盗め』と?」
「違う。借りるんだ」
「詭弁だな。同じことだろう」
「いや、違う。俺たちは明日の為に鍵を借りて返す。誰も気付かねえのなら、誰も罪を認知しない。誰も罰せられないし裁く必要もない」
私腹の為に奪うのではない。正当な目的があり、城郭を――民を守る為に必要な行為だ。借りる、と言って何の差支えがあるだろう。勿論、心の底から罪悪を感じていないわけではない。当然、後ろめたさはある。それでも。
「私は貴様ほど手癖が悪くない。どこかでことは露見するだろう」
不可能を知らないと豪語した子公が不可能を暗示する。彼のそれは倫理観から来る不可能だったが、文輝が自ら手を汚す役割を代わってやれるわけではない。無責任に命ずることは可能だが、文輝は説得を選ぶ。
日の射す街路を歩いて、通い慣れた湯屋の板戸をくぐる。二階の個室に入って、嘴の店員から
「ならばそれは俺が請け負ってやろう。手癖の悪さではお前たちとは比べ物にならないほどだからな」
それに前後して
「華軍殿。よいのですか」
「赤虎を裁く
万一、そうなっても華軍の身の安全は自分が保証する、と少年が言う。
「仕方がないよ、
「話したくないのではありません。わたくしには話す権限がないのだ、と何度説明したらご理解いただけるのでしょうか」
怪異と
文輝はこの後万全の態勢で「
「白瑛殿。白喜についての推論をあなたにぶつけたところで回答はいただけないのだろう」
「あなた方、人間が選ぶ道をわたくしたちは見届けなければならないのです」
「華軍殿の助力を請うのはまだ許容範囲内なのか」
「怪異の成すことに干渉する権利もまたございません。お好きになさっていただいて結構です」
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