第五十八話 神民
まずは彼にも
「では貴様はこう言いたいのだな? 『白喜は神民である』と」
「――そうだ」
そこに至るまで文輝は幾つもの遠回りをした。だのに子公は最短距離で答えに辿り着く。文輝の推論から推測しているから、不必要な要素、不確定な要素が省かれているのだとしても、この速度は到底文輝では無理だ。子公に話すだけの価値はある。その確信を得たから、文輝は今、彼が持っているものを全て子公に伝えることを決めた。美しさも気高さも、醜さも酷さも隠すのを辞めようとやっと決めた。
「子公。神民は数が決まってる。『育ててもいい子どもの数に上限がある』と言い換えてもいい」
海藍州の中でも黒茶の栽培が出来る地域は限られている。初代国主が立ったとき。そのときにはもう海藍州の大地を茶畑に開拓する余裕はどこにもなかった。土地が広げられないのに民の数を増やすことは出来ない。そうすれば民は海藍州を出て別の「茶木を栽培出来る土地」を探すだろう。そうなると国が管理出来ない農園が生まれる。そうして密売の温床を抱えるぐらいなら、最初から茶木の経営を管理すればいい。茶木の品種も、茶畑を管理する民の数も、何もかもを管理することを国主は選んだ。
それはつまり。
「――念の為、聞くが上限を越えた場合はどうするのだ」
「――お前の思ってる通りだよ」
「文輝。私は、お前の言葉で聞かせろ、と言っている」
「お前、割と悪趣味だよな。そうだよ、堕ろす、棄てる、殺す。そのどれかだ」
「――随分と、まぁ酷い風習もあったものだ」
その通りだ。何の申し開きも出来ない。そして、そのことを文輝は恥ずこともなく、そういう地域もあるのだ程度にしか認識していなかった。自由と平等を謳ったこの国は、決して自由でも平等でもない。
中央集権の体制を取ったのにその中央が二重に連なった山々の最奥だ。その時点でこの国は地方に目を向けることを諦めたと言える。山々に守られた
先の動乱の戦後処理の一環で、
水は低きに流れる。人も低きに流れる。
人を思うように動かすことより、自分を変える方がずっと簡単で何の波風も立たない。
だから、文輝もそうした。
自分の理想の為に犠牲になるものに目を瞑った。そんなものはいないという口車に乗った。愚かで、哀れな偽りの正義感に酔った。
そうやって守った自己満足で消えたものと巡り会う未来など小指の先ほども考えもしなかった。
「それで? 貴様は私にどうしてほしいのだ」
「こういう国でも、お前がまだ呆れていねえなら頼みがある」
「信天翁」は文輝にだけ気が付くような試し方をした。つまり「信天翁」が白喜と対面していいと考えたのは文輝一人だとも言える。もしかしたら白喜の贄にするつもりかもしれない。白喜がその怨嗟を晴らす為に
だから、文輝はこの夜が明けたら行かなければならない。どこへ、なのかも、どうやって、なのかもわからない。幾日かかるのか、数刻で済むのかそれすらもわからない。
わからないが、文輝は国官であることを理由に「信天翁」と交渉した。その結果はまだ受け取っていない。それでも、黒茶を飲んだ文輝には「信天翁」の示すものを受け取る権利――と同時に義務が発生してしまった。今更知らぬ存ぜぬで通せる道理がない。
だから。
「お前も知ってるだろ。この国の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます