第五十三話 光の消える先
赤虎の眼は
華軍が何度目かになる「
「子公! もう一本書け!」
「――急き、すぎだ、この大馬鹿ものめ」
「鞍がない生きものに騎乗しただけで音を上げるようなやつは俺の軍師には不向きだぞ」
「はっ。煽っても、何も、出さん」
返答が来るまで一息吐かせろ。言って子公は完全に沈黙を通した。文輝の才では文面を考えることが出来ない。子公の頭脳と「信天翁」に対する知識とが必要だった。どれだけ文輝が急いても子公が整わないことには何の展望も期待出来ない。自らの弱みを知って、焦れて、それでも文輝は諦観を受け入れなかった。嘆息して、建築物を見上げる。明かりが消えた三階の石壁までどうやって登ろうか。そんなことを着実に計算していた。
その、石壁を透過した白の灯かりが飛翔するのを網膜に照射した瞬間、文輝の心中はさざ波立つ。いる。この向こうに「信天翁」がいる。そうでなければ返答の飛翔経路が送ったものとまるで同じになる理由がない。
一足飛びでその事実を直感した文輝は赤虎の眼を最大限利用して暗闇の中、石壁の凹凸を器用に掴みながら只管よじ登った。爪が欠けることも、軍靴が汚れることももう頭の中にない。
ただ、この壁の向こうにいる「信天翁」に会いさえすれば問題は全て解決する。まるでそんな妄想に囚われて、文輝は必死に壁を登った。
三階の高さまで登ると、右手側――東向きの面に小さいが窓があることがわかる。そこから入るしかない。瞬間的に判断して文輝は今度は水平に身体を移動させた。少しずつ近づくと橙色の灯かりが漏れ出しているのが見える。窓は沢陽口でよく見る、格子になっているらしく所どころ陰になっているのも見えた。この窓から中に入ることは出来ない。逡巡して、それでも文輝は決めた。格子を蹴り抜いて中に入ろう、と。
隣の建物の屋根にどうにか這って上がってきた子公が文輝の意図を鋭く見抜く。そして彼は絶叫した。
「文輝! 貴様、何を考えている!」
「そうだぞ、
重い罪になる。華軍の忠告を最後まで聞かずに、文輝は窓の枠にぶら下がると両手指に神経を集中させる。そして、反動を付けて全身の力で格子を蹴り破った。溜息と絶句が文輝の耳に届くより先に、文輝は窓の中に飛び込んでいる。両足の裏が鈍く痛むが、それを無視した。軍靴でよかった。そんなことを考えながら、文輝は室内にいるだろう「信天翁」の姿を求める。
「『信天翁』殿――」
貴殿に尋ねたいことがある。言おうとして、竹材の破片が飛び散った室内で怒りに柳眉を釣りあげている妙齢の女性の姿を見とめて、息を飲む。妙齢の女性の居室に悪漢のような手口で入り込んだこと以上に、女性の持つただならない雰囲気に圧倒されていた。
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