第四十六話 提案
沢陽口に発生している多雨の怪異を抑え込んでいた
不本意だ。
不本意に今更憤らねばならないほど青くはないと自負しているが、奥歯に何かが挟まっているような感覚に苛まれる。文輝に選択権はない。溜息が漏れ出る。それもまた事実だった。
沢陽口の城郭の人々は相変わらず忘却と失念の只中にいて、市街を歩いたところで誰も文輝や子公のことを認知しない。文輝が倫理観を伴った官吏でなければ、今頃は屋台の食べものは持ち去り自由の無償提供品に成り下がっていただろう。そのぐらい、沢陽口にあって文輝は空気以下の存在だった。その中で人を探せ、というのがどのぐらいの苦行になるのか、白瑛は一切考慮してくれない。彼女は怪異の区画の客人としてただ待つだけで、何かに取り組む様子すらなかった。そのことに腹を立てなかったかと言われると間違いなく否定を返すことが出来るだろう。天仙の不始末を天仙が補わないでただ人である文輝が奔走している。誰の失態の穴埋めなのだ、と詰りたい気持ちもあった。
それでも、詰らなかったのは詰ったところで問題が解決するわけではない、と割り切っていたからではない。子公が巧みに文輝の不利を遠ざけてくれていたのに、文輝は正面突破を選んだ。自分で、選んでしまった。だから、今更どうして自分が、などと息巻く権利すらないのを自覚していた。神々の遣いっ走りとなる運命というのはつまるところこういうことなのだと、理解していなかった文輝の落ち度だ。人と人との間を取り持つことですらそう容易くはないのに、理の違うものの間を取り持つことの困難を想像出来なかった文輝の青さだ。
だから。
「子公、せめて『信天翁』のいそうな場所とか、そういうのはねえのかよ」
「私に何を期待しているのかは、概ね把握しているが敢えて言おう。『まじないすら知らなかった余所ものが知っていると思うのか』」
「勝算もなくて乗ったわけじゃねえだろ。お前の好きな効率ってやつだよ。何か助言しろって」
「それこそ、貴様とて勝算もなしに乗ったわけではないのだろう。自分の頭で考えろ」
子公の言うのは一々もっともで、だからこそ文輝は苦悶する。文輝の副官は自ら動くものだけを助ける、というのはこの二年の歳月が実証した。文輝が方策を示さない限り、子公は助言はおろか評価すらしないだろう。
とは言うものの、沢陽口の城郭は広く、数多の人が街路を行き交う。その誰もが文輝のことを認識しない以上、聞き込みという手段は取れない。何か文字媒体で手がかりが残っていることを期待する、ぐらいしか文輝には思いつかず、ただ、それを提言したが最後、文輝は今晩早々にでも
では何をすれば問題が解決の糸口を得るのか。文輝は繰り返し考えた。
この城郭の中で何か目印になるものはないだろうか。国主のように名前が見えていれば城郭中を歩き回ればそのうちに「信天翁」の名が見えることもあるだろう。ただ人である文輝には見えないから机上の空論の延長でしかないが可能性としては一番確実で早いだろう。国主の次に白帝の加護を得ているのが才子だ。神威の象徴である「まじない」を用いるとき、才子の耳には土鈴の音が鳴る、とかつて華軍が言っていたのを不意に思い出した。
「『信天翁』って才子なんだよな」
「何を寝惚けたことを言っているのだ、貴様は。当然、才子に決まっているだろう」
「じゃあ、まじないが使えるよな」
「その筈だが?」
「だったら『信天翁』がどこにいるか、探せるかもしれない」
「論拠は」
「まぁ華軍殿の協力がある、っていうのが大前提なんだけどよ」
伝頼鳥を繰り返し飛ばそうと思う。と文輝が言っただけで聡明な子公には文輝の意が届いたらしい。
「何百通かかるか、保証はないぞ」
「華軍殿の目であれば鳥の軌跡も追える。城郭のどの辺りにいるか、だけでもわかれば前進したことにはならねえか?」
「まぁそうだな。貴様の思いつきにしては上々と言ったところだろう。それで? 貴様は私に何を望む」
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