第四十七話 借りものの名前
そのような計画である、ということの発端を聞いただけで終着点までを即座に理解する
この才を活かすだけの器が
子公の問いに答えることを優先した。
「名前を貸してほしい」
「貴様の名の方が通りが良いだろう。何せ、
「何でもかんでも家が保証してくれるわけねえだろ。お前の名の方がこの
「『異邦の官吏』としては私が最年少であるらしい。その後押しを出来たと
それは子公の始まりの思い出だ。遥か東国から海を渡り、二重の峰々を越え、そして
この状態が正常である道理などどこにもない。
子公もまた状況の是正を望んでいる。だから、少しばかり感傷に紫紺を揺らした後、文輝の案に乗ることを了承した。
「なら、決まりだ」
方策が固まったのなら、それを必要な人員の間で速やかに共有し、実行に移さなければならない。方策を立てる、というのはそういうことだ。考えるだけで終わるものは策でも何でもない。ただの空想だ。実利の為に実りある行動をする。そうなって初めて策は策と称される。
当てもなく歩いていた街路から怪異の区画へと向けて移動する。初夏の装いを纏っている城郭の住人たちの中に、季節の移ろいという概念は間違いなく存在するのに、どうして文輝たちを見失ってしまうのだろう。そんなことを帰る道すがら、考えた。今の文輝は空気以下の存在だ。自分でもそれは理解している。それでも、この城郭から失われているものがどのような形で戻ってくるのかも想像出来ないし、「正しい日常」が戻ってきたとき、彼らがどんな顔をするのかも文輝には想像出来なかった。明日の絵図が何色で彩られるにしても、まずは当たり前の光景を取り戻すのが先決だろう。石畳の上を軍靴の硬質な音が駆けていく。早く、はやく。一秒でも早く、問題の解決を望む文輝の背中の向こうで子公が複雑な表情を浮かべているのに気付かなかったことを悔いる未来はまだ文輝の中にない。
文輝が怪異の区画に戻って来るのには少しばかり時間が必要だった。
胡瓜を食べながら、というのが若干格好が付かないが、それでも食は人の心を満たす。怪異の区画で出る食事には何の不満もない。庶民の味から少しばかり贅沢な品目まで望めば何でも委哉は注文してくれた。食材が不味い、だなんていうこともない。本当に美味い。こんなものを毎日食べていたら岐崔に戻った後、反動で普通の食事が出来ないのではないかと思うぐらい本当に美味かった。だからだろう。人の手で作られた、沢陽口の食事がしたかった。移動屋台の簡易食でも、何でも良かった。人の手を介して食する何かを食べたかった。そうしないと、文輝は自分が人であることを失念してしまいそうなぐらい、怪異の空間というのは居心地が良すぎる。子公にしてもそれは同じだったのだろう。文輝が無人販売の野菜を買いたい、と申し出たとき彼は一言も反駁しないどころか、その案に進んで乗った。米醤を買おうと言ったのは子公だ。この城郭にあって人として認識されるのはお互いだけだ。委哉も、華軍も、
わからないが、文輝は沢陽口に起きていることを解決して、岐崔に戻りたいと思っている。
その思いこそが人であるのだと頭のどこかで理解しながら、そして同時に薄っすらと気付いていた。ここが文輝の「帰る場所ではない」ということに。
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