第九話 津にて
十六もの突堤を持つ沢陽口の
その喧騒の向こうに第二、第三と突堤が続いていく。
南側の半分が公のもので、北側の八つを商船と漁船で共同使用しているが、真ん中の四つ目を境に突堤の状態は急激に劣悪化するのを見たとき、文輝は心の底からこの城郭をもっと豊かにしたいと思った。
四年前、初めて沢陽口に降り立ったときは衝撃しかなかった。それから二年が過ぎ、
今、三度降り立ったこの城郭もまた劇的に変化しているわけではない。寧ろ、二年前の面影を強く残していて変革というのは急激に進んだりしないのだということを文輝に伝えた。
湖水の匂いが鼻腔に広がる。岐崔と同じ水の匂いなのに、沢陽口の匂いはいつでも少し苦い気持ちを想起させた。その、ある種の生臭さを振り払うように文輝は
ここは、
だから、子公の言葉は真実、文輝の為だけに紡がれたのだということも、文輝は知っている。
知っているから、文輝は西白国ではごく一般的な石畳の街路の上を歩いた。
津を離れても喧騒はまだ続く。寧ろ、ここから先の方が城郭の中心地で、今日の
後背へ消えていく津で陽はまだ高いのに、水夫たちが慌ただしく作業に追われているのには律令の存在があった。岐崔・
四年前の文輝は水夫というのは皆、身分があり、きちんとした職業であると思っていた。岐崔に漁民はいない。魚を食べたことがないなどとは言わないが、その魚がどうやって文輝の口に入るのかを考えたことはなかった。そんな当たり前のことを知ったのが四年前のことだ。沢陽口で水揚げされた食用魚が岐崔に運ばれて、文輝たちが食する。沢陽口の漁民――というからには民であることを文輝は認知していなかった――の暮らしは決して易くはない。右官府に属する水夫たちとは一線を画した存在であることを動乱の後にようやく理解して、自らの世界の狭さを今一度嘆いた日から文輝は魚を食べる度に自戒する。この魚を獲る為に民は七難八苦しているということを何度でも何十回でも胸に刻んで、彼らの暮らしが本当の意味で豊かになる日まで、文輝は足を止めないと自らに誓った。
だから。
「子公、お前どう思う」
今朝方届いた
深紅の料紙に白墨で沢陽口の違和について言及していたあの筆跡には心当たりがあった。十七の年に九か月だけ見ていた、憧れの筆跡だ。
始業を告げる鐘が鳴った後、歩兵隊の執務室で「それ」を見た瞬間、文輝は頭が真っ白になった。何故とどうしてを無限に繰り返して、理論は不可能を示す。なのに、どう見ても、文章自身が持つ筆者の性格も文輝にその解以外を示さない。
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