第22話 言われた通りにしたのに……5

「え……とぉ」


 振られた稲森さんは困惑げな顔し、どうしようと僕に視線を寄越してくる。


「郁ちゃんは口出し禁止、だからね。もし破ったら…………わかるよね?」


 僕の思考を先読み、退路を塞いできた真希ネエ。破ったらどうなるかを知ってるからこそ指を咥えて待っていることしかできない。


 ごめん稲森さん! ニコニコ相槌打っておけばいいとか言っておきながらこんな目にわせてしまって。嫌ならいつでも逃げて構わないから、無理だけはしないで。


 そう心中で祈ると同時に僕は罪悪感に苛まれていた。稲森さんに選択を委ねようってかんがえ自体間違っている。


 自分を犠牲にしてでも稲森さんの手を取って逃げる……それが一番正しいとわかっているのに僕はお地蔵さんを決め込もうとしている。これを卑怯と呼ばずしてなんと呼ぶ?


 …………稲森さんのような良い人を利用してまで僕は自分の尊厳を守りたいのか。仮に稲森さんが切り抜けられたとして、その時僕は自分の尊厳が守られたと声を大にして叫べるだろうか。


 どちらもノーだ。僕の勝手な事情で稲森さんに迷惑はかけられない!


「――真希ネエなんか放っておいて行こッ、稲森さん」


「お、おう」


 僕は隣に座っている稲森さんにそう声をかけ、手を引っ張った。


「――その程度なんだ~……稲森さんの想いって~」


 去ろうとする僕らに対し、真希ネエは挑発するように言ってきた。けれどそれは無意味、なんせ稲森さんは彼女役なだけであって僕のことなんか好きじゃないから!


 まさか非モテ4軍男子っていう僕のスペックが決め手になるとは思わなかったな。


 ふっ、と僕は自嘲の笑みを浮かべ、余裕を持ってドアノブへと手を伸ばした…………が、


「――待って」


「んなッ⁉」


 寸前のところで稲森さんに手を振り払われてしまった。


「ちょ、急にどうしたの稲森さん!」


「……………………」


 稲森さんは無言のままおもむろに振り返り、座したままの真希ネエを見下ろす。


「あれ? 帰らないの?」


「帰らないじゃなくて帰れない、すかね。お姉さんがひどく勘違いしてるみたいなんで」


 あおる真希ネエに負けじと稲森さんも相手をイラつかせるような口調で返した。


「いいって稲森さ――」


「――〝郁太君〟は黙ってて」


「あ…………ごめん」


 静かな怒りとでも言うんだろうか、稲森さんの気迫に押され、僕は伸ばした手を力なく下ろす。


「……お姉さん」


「ん?」


「あたし、郁太君のことが好きですよ、大好きです。臭いセリフかもしれませんけど一目見た瞬間、運命のようなものを感じたんです」


 真希ネエは薄笑いを浮かべたまま稲森さんを見据えている。無言で続きを促しているのだろう。


「絶対素敵な人だ……そう直感したんです。人の直感って結構侮れないもんすよ? 実際、郁太君はあたしなんかじゃ見合わないくらい素敵ですしね」


 僕の方からじゃ稲森さんの表情は窺えない。彼女は今、どんな顔して語っているんだろうか。


「ぶっちゃけると普段はチョー頼りないっす。周りの空気に合わせて愛想笑いを浮かべるばかり、良い所ばっかなのに自分を決して主張しない。なんつーか、弱っちいヤツです…………でも、郁太君と一緒にいるうちに気付いたんすよ……チョー優しいって。それに、いざって時はちゃんと自分を出すんすよ、困ってる人が目の前に現れたりしたら…………あたしも、救われた一人です」


 あれ? 僕と稲森さんにそんなエピソードあったっけ?


 はて? と僕は記憶を探るが、それが無意味でだということにすぐに気付く。


 そうか、稲森さんも僕と同様に偽りのエピソードを語ってるんだ。と。


「郁太君からしたら当たり前なんでしょうけどね。でもあたしは嬉しかったんです……もうちょっとだけ頑張ってみようかなって思えたんです……ほんと、感謝してもしきれないっす」


 ……なんだろ、嘘ってわかってるのにむずがゆい。


「……郁ちゃんとは高校で初めて出会ったんだよね?」


「は、はい」


「ん~、にしてはこう、想いが強すぎるというか……まるで〝昔からの知り合い〟みたいね」


「に、二ヶ月ちょっとしか経ってないすけど、それでもめちゃ濃密な時間だったんすよ!」


 設定にほころびが生じてしまったのか、真希ネエに指摘され露骨に慌てる稲森さん。


 あたふたしている稲森さんをじっと見つめている真希ネエは、ふとなにかを思い出したように目を丸くする。


「稲森、美鈴…………もしかして君――」


「ちちちち違いますからッ! 別人ですからッ!」


 え、別人? なにが? どいうこと?


 一人戸惑う僕を置いてけぼりにするように、話は進む。


「そっか、あの時の」


「ほんと違うんですッ! お姉さんが想像してる人物じゃないっすからあたし!」


「はいはい、わかったわかった」


 真希ネエよいしょと立ち上がり稲森さんの前へ。


「君の言葉、胸に響いたよ。これからも郁ちゃんのこと、よろしくね」


「え……あ、はい」


 稲森さんの肩に手を置いてそう言った真希ネエは「それじゃ」と部屋を後にしようとする。


 その姿を呆然と見つめていると、真希ネエは「思い出した思い出した!」と言って僕に顔を向けてきた。


「最近私の下着類がよくなくなるんだけど、郁ちゃん知ってたりしないよね?」


「え? ああうん、知らないよ」


「そっかそっか――それじゃ、お姉さんはこれで! じゃねじゃねー」


 明るく手を振りながらドアの向こうへと消えていった真希ネエ。


「ふぅ……」


 片や稲森さんは胸を撫で下ろしている。


 どうやら状況を把握できていないのは僕だけのようだ。


ーーーーーーーーーーーー

どうも深谷花です。

ここまで拝読いただきありがとうございます。

拙作という言葉は嫌いなので使いませぬのでご了承願います。あたくしの作品を楽しんでいただけてますでしょうか?

読者の皆様方に一時の笑いを提供できいますでしょうか?

…………………はい、ありがとうございます。あたくしと読者の皆様方とは心で通じていますので言葉なんぞなくてもこの胸に届いておりますとも。


この作品を少しでも面白いと思ってくれたのなら、★やフォロー、ハート等で応援してやってください。

ではではー

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