第19話 言われた通りにしたのに……2

 家のカギはかかっておらず、玄関のたたきには真希ネエの学生靴が丁寧に揃えられていた。


 玄関開けたらお出迎え、ってことはさすがにないか。脅迫文に記されていた通り、僕の部屋で待っているんだろう……勝手に部屋に入り込まれているのにそれを当たり前のように捉えてる自分が怖い……慣れって怖い。


「ささ――どうぞ上がって、稲森さん」


「お、おう」


 どぞどぞと稲森さんを家に上げる。靴を脱ぎ捨てず、しゃがんで揃えている姿をクラスの人達にも是非見てもらいたい。きっと不良という認識を改めてくれるはずだ。


「……んだよ、そんなジロジロ見て」


「ううん、別に――――僕の部屋二階だから、ついてきて」


 僕はなんでもないと首を横に振り、稲森さんに背を向け先導する。


「……ここが僕の部屋だよ。真希ネエが中で待ってると思うから――彼女役、頼んだよ」


「……………………真希ネエ」


 部屋を前にして僕がそう小声で伝えると、稲森さんは思案するように顎に手を添えた。


「あ、真希ネエってのは僕のお姉ちゃんのことで……ごめん、昔からずっとそう呼んできたからつい」


「ん? ああいや、呼称なんて気にしてねーよ…………」


 稲森さんは僕に合わせて小声で返してくれた。が、なにやらまだ考えている様子。


「真希ネエ……真希ネエ……桐島……桐島……桐島、真希ネエ……桐島、真希…………なあ、お前の姉ちゃんって、うちの高校の生徒会長だったりする?」


「うん、そうだけど……稲森さん、真希ネエと面識あるの?」


「ねーよ、けど知ってる。つか、うちの高校通ってれば嫌でも知ることになんだろ」


「あはは、かもね」


「……………………」


 困ったように笑う僕を稲森さんはじーっと見つめてくる。


「な、なにかな?」


「いいや、姉弟でこんなに違うもんかねと思ってさ」


「ああなるほどね。よく言われるよ」


 ニシシと揶揄からってきた稲森さんに、僕も笑って返した。


 僕と真希ネエは血が繋がってることもあって昔からよく比べられてきた。時には『お姉ちゃんは優秀だけどお前はダメダメだな』と馬鹿にされることもあった。


 でも不思議と悔しくなかった。強がりとかじゃなくて本当に悔しくなかったんだ。むしろ真希ネエが褒められたことに喜びを感じていた。


 劣等感なんて大それたものは抱かない。何故なら真希ネエと僕の間に努力なんて意味ない絶望的な差があるのを知っているから。誰に言われなくても劣っているのを自覚しているから。だから開き直れる、良好な関係でいられる…………今は、良好とは言えないけれど。


 言ってしまえば真希ネエは雲の上の存在。地に立つ僕に超えられるわけがない。


 それを弁えているからこそ、僕は悔しいなんて思えないんだ。


「彼女役、頼むよ? 稲森さん」


「なんかいも言うなよ……緊張してくんだろ」


「ごめん、ごめん……それじゃ――」


 僕はドアノブに手をかけ押した。


「――あ、郁ちゃんお帰り! 彼女さん、ちゃんと連れてきた?」


 真っ先に目に飛び込んできたのはバスタオル一枚で僕のベッドに横になっている真希ネエだった。


 僕のパンツを今年のトレンドみたいにお洒落に被っている真希ネエ。雲の上というよりおりの中の方が似合っているその姿はまさしく変態。


 ちきしょう……ちきしょう……バチクソ悔しいぞチキショウッ!


 ギャグマンガの世界からこんにちはしてきましたみたいな格好している真希ネエに対し、僕は初めて悔しさを感じた。

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