第56話 立ちはだかる壁

 勲によると、私はまさに「腹を下したような顔」をしていたらしい。百合子と私から「大事な話があります」などと大仰しいことを言われ、内容をおおよそ察していた矢田部家の面々は、どんな顔で来るか予想し合っていたという。


 この日の前日、私は久しぶりに兄と従姉の夢を見た。夢の中で兄はまた、あの日と同じことを言った。


「黄金の骸骨を探すんだ。そこで待っているよ」



*****


 

 矢田部家の洋式の居間で、勲、リリー、敬介夫妻が上座に、私と百合子は下座に着いた。


 全員の視線が集まる中、私は言葉を紡いだ。百合子と付き合い始めた経緯、婿養子の件、すでに五條の両親と話がついていることなどを説明し、「百合子さんと人生を歩ませてください」と頭を下げた。


「史人クン、頭、上ゲテネ」


 リリーにそう言われ、私は面を上げた。勲とリリーは嬉しそうに顔をみあわせていた。調子に乗った勲がリリーに耳打ちした。


「ありゃ脇汗をかなりかいてるな」


 リリーがすぐに勲をたしなめたから良かったものの、視力の無い綾子さんには気味悪がられたかもしれない。それだけは悔やまれる。


 勲とリリーなら祝福してくれる。それは何となく分かっていた。問題は敬介だった。




 手に汗を握り、私は敬介の方を盗み見た。敬介は腕組みし、口を真一文字に結んで俯いていた。

 そして、やがて口を開くと、暗い声で私を非難した。


「つまり史人、オマエはオレの信頼を笠に着て狼になった訳か」


 すぐに百合子が反論して私を庇ったが、敬介はそれに答えず、さらに私を詰めた。


「昔、オマエはオレにこう言った。百合子は鷹取の両親がオレに残した最大の遺産だと。それを当のオマエが奪っていくのか?」


 百合子は、いよいよ怒った。


「私の人生よ。お兄ちゃんにそんな事を言う権利は無いわ」


 敬介に痛いところを突かれて動揺したが、私は冷静を装って説得にかかった。


「僕は昔からキミを知っている。だからこそ出来ることがあるんじゃないか? キミと百合子の仲に亀裂を入れることは望まない。百合子の気持ちを大切に思うように、キミの気持ちも大切だ。有事の際には、僕は誰よりもキミたちの心に沿うように動こう。それは約束する」


 それでも敬介は首是しなかった。彼は難しい顔で立ち上がり、私を見下ろして言い放った。


「史人、表へ出ろ」


 部屋に緊張が走った。本気だろうか。体格差からして、まともにやり合うのは私に分が悪すぎる。でも仕方がない。これは乗り越えるべき試練だ。


 私も立ち上がった。


 そのとき、心配した綾子さんが敬介を止めてくれた。私には彼女が女神に見えた。

 すると敬介は固い口調でこう言った。


「手荒なことはしないさ。2人だけで話がしたい」

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