第14話 闘牛
私が湯の沸いた鍋を火から下ろしたとき、話題は指導員の佐々木のことになっていた。
3人は、いかに佐々木と勇敢に戦ったかを自慢し合い、いかに佐々木に酷い目に遭わされたかを競っていた。
「それでさ、佐々木のヤツが言うんだよ、『食い物と大和魂と、どっちが大事なんだ!』ってさ」
饒舌なブギに、匠が茶々を入れる。
「どうせ『食い物です!』って叫んだんだろ?」
「ちょっとアニキ、見くびらないでくれよな。いくらオレでもそこまで怖いもの知らずじゃないさ」
ブギが不満げに続ける。
「こう言ったんだ。『食べないと大和魂が餓死しそうです』って。上手いだろ?」
「それ、火に油じゃねぇか。」
今村が笑いながらツッコミを入れる。
その頃には怒りが収まっていた私も参戦した。
「ああ、この間ブギが廊下で立たされてたのはそれか。」
「大先こそ一昨日立たされてたじゃないか。また漫画を描いてるのを見つかったんだろ?」
「ああ。よりにもよって、佐々木が闘牛になる漫画さ。佐々木は漫画の絵そっくり、闘牛みたいに鼻息を荒くして、紙をビリビリ、鉄拳をドカンさ」
私がそう言うと、3人は笑い転げた。
自分の創作物を目の前で破られるのは、魂を汚されたようにも感じられて非常に悔しかった。しかし、3人の笑いを取れたことで、少し浮かばれたような気がした。
すると、匠が興味を示した。
「闘牛になった佐々木なんて傑作だな。なぁ、それ、今ちょっと描けるか?」
私は懐からメモ紙と鉛筆を取り出して、ささっと絵を描いてみせた。早描きは得意だ。
コロッセオに闘牛が2頭。それぞれ、顔だけは佐々木と施設長の特徴を捉えた人面だ。それらがツノを生やし、鼻息荒く目を血走らせている。
今思えば上手くもない、面白いとも言い難い代物だったが、匠も今村もブギも、佐々木への報復のように笑い転げた。私は得意になって漫画の内容を話して聞かせた。
その漫画の主人公は佐々木だ。
ある日、佐々木はいつものように悪ガキ4人組、つまり私たちを追い回していた。すると、うっかり小石に躓いて転び、気を失ってしまう。
佐々木が起き上がると、何故かそこは施設ではなくコロッセオだった。佐々木は自分の手が、茶色の毛で覆われたゴツい前足になっていることに驚く。
ここで私が
「佐々木は『ウワッ、ウワッ、ウワーーー!』と目を血走らせるんだ」
と実演付きで変顔をすると、3人はまた爆笑した。
さて、闘牛になったと悟って狼狽える佐々木のところに、闘牛士がやって来る。それはなんと田辺だ。田辺は佐々木に言う。
「闘う相手は施設長だ。共に日頃の恨みを晴らそう」
コロッセオの舞台に立った佐々木牛は、いつもの雀の涙のような給料のことや、職員不足で激務を強いられていることを思い出し、施設長への恨みを募らせて奮起する。
一方の施設長牛も、児童保護法を軽視する佐々木に対して悪感情を持っており、鼻息荒く襲いかかる。
熾烈な戦いが繰り広げられる。先に倒れたのは施設長牛だ。起き上がれなくなった施設長牛に佐々木牛がトドメを刺そうとしたそのとき、客席から木刀が投げ入れられる。
なんと、コロッセオの観客は孤児たちだったのだ。木刀は、これまで佐々木が木刀で孤児を殴った回数だけ、つまり無数に、槍のように飛んでくる。
佐々木牛は「こんのォ!! クソ餓鬼共がぁ!!」と叫ぶ(普段の佐々木の口癖を再現していたので、この部分は3人にウケた)。
佐々木牛は木刀を避けて走り回るが、とうとう足に当たってひっくり返ってしまう。その隙に、施設長牛が角を立てて佐々木牛に襲いかかる。
佐々木牛は死を覚悟してギュッと目を閉じ、神仏に祈る。そして「もっと孤児たちに優しくしていればよかった」と後悔する。
しかし、しばらく待っても施設長牛は一向に角を打ち込んで来ない。
「不思議に思って佐々木が目を開けると、悪童4人が心配そうに佐々木を見ているんだ。4人は佐々木が目覚めるとワーッと逃げようとするんだけど、佐々木は4人を静かに呼び止める。そしてこれまでの行いを悔いて、今後はみんなに優しくすると約束するんだ」
私が興奮気味に話し終えると、匠が目を輝かせて言った。
「史人、やっぱりオマエ才能があるよ。漫画家になれよ。ほら、この絵もさ、躍動感っていうのか? 今にも動き出しそうだ」
しかし今村は納得いかないような表情で意見した。
「生ぬるいと思うな。どうせ夢の中なら、施設長は佐々木をギタギタにしてやるべきだ」
ブギも困惑気味に言った。
「闘牛っていうのがイマイチだ。」
「じゃあ何がいいかな?」
と私が尋ねると、ブギは「う〜ん」と考え込んで押し黙ってしまった。
すると今村が
「アイツらを戦車にして戦場に送り込むのはどうだ?」
と提案してきた。
私は少し不快な感情を押し込め、早速、戦車になった佐々木たちが戦う姿を描いた。
それを見て今村とブギは大喜びしたが、今度は匠の反応が悪かった。
「オレは最初の方がいいな。」
私は少し残念なような、自分の特異な発想を認めてもらえて嬉しいような、複雑な気持ちになった。
匠は最初の闘牛の絵を拾い上げてまじまじと見つめてから、もう一度言った。
「こりゃあいいよ。オマエは漫画家になれ」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
そのあとも、私たちは夜更けまで焚き火を囲んでくだらない話に花を咲かせた。
色んなことがあったが、1日の最後はみなで馬鹿みたいなことをしゃべり、揃って笑い合うことができて、ホッとした時間だった。
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