第219話 軟禁生活

「…で、そのまま死んでたらトラウマ級にドラマチックだったんだがな」


 フィンバラにあるアイオーン病院の一室、奇跡的に一命を取り留めたファルは頭からつま先まで至る所を包帯でぐるぐる巻きにされてベッドに括り付けられている。彼女の治療と監視体制の簡略化という目的の元、オレと彼女はこの個室病棟の一室に軟禁されている。まぁオレがここで大人しくしている限り、彼女もまた大人しく治療に専念してくれるだろうと判断されたらしい。ファルのことをよく知る人物…多分カイラスが手を回したのだろう。


「酷い言われようですね」


「これでも喜んでんだよ、無事とは言えずとも助かってくれたことをな」


 あの反乱から、既に三週間が経過した。彼女が横になっているベッドの傍らに置かれたパイプ椅子に腰掛け、病衣に身を包んだファルを見つめる。彼女の白くきめ細やかな肌には融けた化学繊維が張り付いて出来た火傷の痕が痛々しく残り、右目は結局治療不可能と判断されて既に摘出されている。

 生きていることを喜ぶべきだし嬉しいのは間違いないのだが、人形のように整った顔立ちだったのに…と、やはり残念に思ってしまう。その思いが顔に出てしまっていたのか、ファルが「ならそんな悲しい顔しないでください」と微苦笑した。


「私はこうして、生きているんですから」


 その言葉と笑顔に様々な想いが込められているように感じ、言葉に詰まった。ただじっとその笑顔を見つめていると「失礼します」と部屋の外から声が聞こえ、病室のドアがスライドした。開いた扉の陰から現れたのはカイラス。オレにとって見慣れたパイロットスーツ姿やBDU姿ではなく、礼装とまではいかないまでも厳粛な雰囲気のある士官用軍服を纏っている。戦後も電話で何度か話したが、実際に顔を合わせるのは久し振りだ。扉が完全に閉まるのを待って、カイラスが口を開く。


「…シルヴィ、大分回復してきたようね」


 その声色は本当に心配しているようでもあり、しかしどこか緊張しているような雰囲気もある。必死に柔らかな表情を作ろうとしているが、その眼差しに柔和な印象は無い。ファルは特に意に介さずと言ったように「おかげさまで」と短く答える。


「言わなくても解ってるでしょうけど、今あなたがここでゆっくりしていられるのはあなたが重傷を負っていて、軍の上層部や政府が未だに混乱しているからよ。あなたは反乱勢力の中心人物で生存者、ここを出た瞬間から尋問と裁判の日々になるわね」


「エルダさん…エルダ・グレイはどうなりましたか?」


「答える義理は無い…と、立場上は言うべきなんでしょうけど、まぁいいわ。目下捜索中、行方は解ってないわ。連絡を取る手段でもあるなら教えて欲しいものね」


 しかしファルも連絡手段を持ち合わせてはいないらしく、首を横に振った。カイラスはそんな彼女を見て残念だわ、と溜息を吐く。


「カイラス、オレとかティクス…メファリア准将の扱いはどうなってるんだ? ヴィンスター艦長は、まぁ既に退役しているんだからどうにでもなるんだろうが…」


「さぁ、それは私にも聞かされていません。しかし揃いも揃って第二次天地戦争の英雄ですからね、上層部もどう処理したものかと頭を抱えているようです。どうにか丸く収めようと、ファリエル提督から示された情報の裏付けを試みているという話なら聞こえてきますが」


 ファリエル提督からの情報、まぁ大方グロキリア計画についてのものだろう。その裏付け、か…難航しそうだな。今の今まで国民の誰一人知ることの無かった女王の秘匿計画なんだし、部外者からもたらされた情報だけを鵜呑みにして国民を納得させられる説明など出来るはずも無い。


「…なるほど、女王の行ってきたことを誰にも解る形で示すことが出来ればフィリルさんたちをその凶行を止めようとした英雄として祭り上げることで正当化し、ついでに今回の混乱やこれまでのこと…諸々の罪を女王に着せることで自らの潔白も示そう、とそういうことですね」


「誰だって進んで罪人になろうとなんてしないわ、それなりの権力を築き上げてしまったような人間なら尚更ね。政治ってのは綺麗事だけじゃ片付かないのよ」


 思えば今現在この国は指導者を欠いていて、政治的支柱が存在しない。近々王家を排した新体制への選挙が行われるそうだが、それまではほぼ無政府状態ってことか。女王を失って右往左往する役人どもの姿が目に浮かぶ。この国の政治がほとんど女王任せだった報いだな。


「中佐、女王陛下殺害の実行犯とされるイーグレットの行方も判っていません。もし彼が連絡を取ってきた場合には必ず知らせてください」


「ああ、解った」


「それからシルヴィ、ひとつ確認だけど…本当にあなたたちとイーグレットは無関係なの?」


 マホロバとイーグレットはお互いに連絡を取り合っていたようだが…まぁ確かに伝え聞く今回のあいつの動きは反乱勢力と通じていたと考えてもおかしくないものだ。確認したわけではないがファリエル提督の口から聞かされた情報から鑑みるに、グロキリア計画に関わる情報は兵器開発関連のデータを中心に国家機密レベルのものを片っ端からマホロバへ横流ししていたらしいし、当時宮殿にいた衛兵や事務員たちの証言もあるから女王殺害の実行犯ってのも事実なんだろう。


「はい、それは間違いないと思います。エルダ・グレイとイーグレットさんは同時期に例の『匣庭』にいたとの話は聞きましたが、特に今回の件に関して連携しているような動きは確認していません。それに、ディソール…マリオネイターシステムが女王の手駒だったのなら、イーグレットさんが私たちと連携しようとすればその時点で女王は察知出来たでしょうし、もっと対抗手段を講じていたはずでしょう」


「…ふむ、それはそうね。中佐、マホロバはどうだったんですか?」


「いくらか相互連絡はしていただろうが、連携とまで言えるレベルでは無かったと思う。あ、でもオレとティクスは終戦記念日前日にいきなり拠点に誘導されてスカウトされたクチだから、情報の精度は低いと思ってくれよ?」


「決起当日も連絡はあったのでしょうか?」


「さぁな、ブリッジに詰めてたわけじゃないし…。連絡があったとしても反乱勢力が状況を開始した…とかその程度だろうと思う。マホロバがどのタイミングで女王の死を知ったとかはティクスに聞いた方がいいんじゃないか?」


 オレが話している間も軽く握った拳を口元に当てながらじっとオレの目から視線を外さないカイラス。オレの言葉に嘘が無いかを見極めようとしているんだろうが、蛇に睨まれたみたいに居心地の悪さを感じる…なんて口が裂けても言わないぞ、アトゥレイなら言いそうだけど。


「なるほど、解りました。まぁティユルィックス少佐にはここに来る前に会ってきましたので、あちらには既にあらかた質問させてもらったんです。なので今のは確認、今度ここにも連れてきますね」


 緊張感のある眼差しを解き、いくらか柔和な表情を見せる。やれやれ、鎌かけてきてたってことか。さすがメファリア准将に副官として見初められたことだけあるわ、かつての戦友だろうとひとまず疑ってかかる姿勢なんてオレには難しそうだ。再会したばかりのファルにも背中を預けるような人間だしな。


「今日はこれで、また近いうちに」


 ピッと肘から指先までを一直線に伸ばした敬礼を見せると、踵を返して病室を後にする。その後姿を見送り、なんとなくそのままカイラスが出て行ったドアをぼんやり眺めていると、ファルがそっとオレの袖を引っ張ってきた。小さく呻き声を漏らしながら上体を起こそうとする彼女の背中を支えてやると、まるで子供のような笑みを浮かべる。


「さて、長い間離れ離れだったんですし、いっぱいお話しましょう?」

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