第209話 死の御使い

 ティクスが放出したクラスターミサイルから八発の高機動ミサイルが次々と飛び出し、接近中の五機へ向けて追尾を始める。通常の戦闘機ならとても回避出来なさそうなタイミングでも、敵機は多角的な軌道修正を繰り返して避けてみせる。だが避けられたミサイルも一度燃料の燃焼を停止し、前後八枚の小さな翼を動かして自らを回転させると再び追っていたターゲットを見付けだし、加速を始める。避ける方も追う方も、これまでの空中戦の概念を飛び抜けた次元にあるように感じた。


「アズライール1、敵の陣形が崩れました。往きましょう!」


 ファルのゼルエルがこちらを少しだけ追い抜き、突撃を催促する。そこで初めて、眼前の光景に気持ちが引けていたことに気付いた。操縦桿とスロットルレバー、それぞれを今一度ぎゅっと握り締める。


「そうだな。行くぞ、バンシー5! まずは小物から片づける!」


「了解、背中は任せてください!」


 バンシー5が増速したこちらのやや後方に移動し、同じ速度で加速。クラスターミサイルから飛び出したミサイルはそのサイズ故に射程が短いらしい。結局五機それぞれに数発ずつ追尾していたが、三発に追われた随伴機を一機バラバラに四散させるに留まり、残りは燃料切れで自爆した。振り切ったうちの一機の背後に回り込み、ガンレティクルの中心に入れてトリガーを引く…が、弾丸は空を切って彼方へ消える。


「ち、どこに…!?」


 反射的に顔を左に向け、直後にハッと頭上に視線を跳ね上げた先に…たった今まで目の前にいたはずの敵機が機首をこちらに向けてそこにいた。通常コクピットがあるはずの部分にはキャノピーが無く、のっぺらぼうのような印象を受けるデザインをしている。無人機? 機種の右側に仄暗く開いたバルカン砲の穴が、今まさに火を噴こうかというタイミングで…別方向から飛んできた無数の弾丸が目の前の無人機を射抜いてバラバラにした。


「あの機体…XDF‐0、アブディエルです。まだ運用試験中だったはずですが…。無人機故の強引な機動修正はケイフュージュと同じです、油断しないでください!」


 空中分解する無人機の脇をすり抜けるバンシー5の姿…と、別の気配を感じて即座にスロットルレバーと操縦桿を手前に引いて機首を一回跳ね上げて減速、再び水平へと戻しながら連装バルカン砲を連射。視界の外から中央へ滑り込んできた無人戦闘機アブディエルの左主翼をもぎ取る。バンシー5を追っていたらしい。


「背中を護ってくれるのは嬉しいが、自分の背中をおろそかにしないようにな!」


「私の背中はあなたが…隊長が護ってくれますから、頼りにしてますよ」


 アトゥレイにもそう呼ばれたが、まったくこいつらは…。そんな風に呼ばれたら、七年前のあの頃に戻ったような気になってくる。でも悪い気はしない、むしろ嬉しく思う自分がいる。バンシー5が旋回し、こちらのすぐ右後方に移動する。


「相互支援は基本ってか」


「そういうことです」


 機体を再加速させ、左へ旋回させるとバンシー5は同じタイミングで右へと旋回。二機で別々の方向へ飛んで行くが、狙う獲物は同じだ。正面から飛んでくる残ったアブディエルにまずバンシー5が先にミサイルで攻撃、避けた先へこちらが追撃の一発を放つ…が、これもスラスターによる急制動で避けられた。


「これも避けるか。だが!」


「甘いです!」


 オレとファルと敵の三機の機動が交差するタイミングで、ファルはクルビットを、オレはラケシスから教えてもらったばかりの水平回転機動ユーラを用いながらの連続射撃。ロケットスラスターを使った急激な方向転換は確かに度肝を抜かれるが、それをやる機体は別にUFOってわけじゃない。機体にも相当な負荷がかかるし、やってから急加速が出来るわけでも無いようだ。動きが止まったところを、文字通り十字砲火で全身を射抜く。


「さすがは最強の天才パイロット、七年のブランクがあってもきっちりタイミング合わせてくるな」


「当然です。私は隊長のことならなんでも知ってますし、なんでも解っちゃうんですから」


 四機の無人戦闘機を蹴散らし、ケイフュージュに似た白い巨大戦闘機の姿を探す…と、すぐに見つけた。そいつはオレたちのことなど無視するかのように西へと向かって悠然と飛んでいる。確か最初のクラスターミサイルから飛び出たミサイルの内二発ぐらいが追尾していたと思うが、被弾したような風には見えず、リアクティブアーマーを作動させた後という風でも無い。あの巨体で避け切ったらしい。


「あれが、もしかして…てか、もしかしなくても…」


「はい、間違いありません。…グロキリアです」


 マホロバで聞かされた女王陛下が極秘裏に進めてきたプロジェクトの最重要兵器であり、もしかしたらオレとティクスが「搭載」されるかも知れなかった…神の名を持つ機体。


「はは、やれやれだ…。見てると心底神ってヤツを信じたくなくなってくるぜ」


「同感です。信仰心と愛国心を混ぜ合わせ、すべての国民に強固な愛国心を植え付けようという目論みだったそうですが…大失敗ですね。足を止めます、フォックス1!」


 バンシー5が機体中央のウェポンベイから中射程ミサイルを二発放出。タカマガハラに来た時は丸腰だったから、おそらくイザナミにも搭載されていた中射程空対空ミサイル…ツチカヅチとか言ったっけか? あれを搭載したのだろう。ケイフュージュに対して放たれた時と同様、フォーリアンロザリオのルカに慣れた感覚だと驚くぐらいの加速を見せてくれる。グロキリアもそのミサイルを回避するためにまるで機体下面すべてが燃えたかのような炎を下方向へ吐き出して巨体を浮き上がらせた。だがそのせいで若干速度が落ち、その隙に接近する。


「攻撃、認識、IFF、識別…王国軍機、何故、仇ナス。何故、不明機、随伴、シテイル」


 不意に聞こえてきた機械音声、グロキリアからのものか? だが何にせよ、こいつをマホロバに近づけるわけにはいかない。選択兵装に短射程高機動ミサイルをセットし、機首にほぼキャノピーと同じ大きさの単眼が描かれた純白の巨大戦闘機との格闘戦に突入した。

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