第206話 狂った戯曲

 最初はホントに同じ航空機かと思うほど信じ難い機動性を見せ付けていたケイフュージュだが、次第に被弾することが多くなってきた。ご自慢の姿勢制御スラスターも燃料切れの箇所が多いのか、鳴りを潜めている。かつてロスヴァイセが行っていたようなトリッキーなフェイントなどを織り交ぜてはいるが、リアクティブアーマーも大部分が剥がれ落ち、四基あるエンジンのうちひとつは既に破壊されていた。


「おらおらどうした、闇の龍神様よぉ!? 随分と大人しくなっちまったじゃねぇか!」


「どれほどの性能だろうと、所詮は形ある物…あなたは神じゃない、いい加減墜ちなさい!」


 アトゥレイとソフィがケイフュージュに時間差で突撃し、すれ違い様にバルカン砲の弾丸を浴びせる。既に主翼周りにアーマーは無く、左右のフラップやエルロンを弾き飛ばし翼に風穴を開ける。


「く、さすがにエース勢揃い相手に遊び過ぎたか…」


 距離を取ろうと加速した先に待ち構えるオリオン隊のローレライ。いくら驚異的な機動性と重装甲を併せ持つとは言っても完全に包囲された中、度重なる攻撃に曝され続けた今となってはまさに満身創痍といった有様だ。


「これで終いだ、ケイフュージュ!」


 真上から急降下し、ガンレティクルの中心にケイフュージュの密閉型コクピットを収める。トリガーを引こうとした時、ディソールの笑い声が響いた。


「くふはははは! ざんね~ん、時間切れだぁ…」


 その言葉を言い終えると同時に、ケイフュージュの機体は何かに貫かれてその形を大きく崩した。右エンジンを二基とも破壊したそれは機体中央を通過しながら左側のエアインテークを突き抜け、一瞬で視界の外へ消えていった。


「なにっ!?」


 砕け散った破片にぶつからないことを祈りながら必死に操縦桿を手前に引いて攻撃を中止する。


「な、なんだ!? 隊長がやったのか!?」


「違う、南東から…何かが…」


「さっきHQから情報が来てた、所属不明機がこっちに来てる…方位142、数十三!」


 ティクスから言われた方角に機首を向け、オハバリの狙撃モードでスコープレティクルを覗く。そこには確かに接近してくる機影があった。どいつもこいつも真っ白な機体…随伴機の姿を見てから中心の機体を見るとこれまた爆撃機と見紛う巨大な戦闘機だ。


「さァ、抗…テみ…ロ…」


 ディソールのノイズ混じりな声。闇の龍神を模した巨大な戦闘機は炎に包まれ、地上に落下する前に大爆発を起こして四散した。狙撃モードを解除して数秒目を閉じ、頭の中を整理する。


「ケイフュージュと同型の大型戦闘機を確認、残念ながら楽しくお話し出来るお友達ってわけじゃ無さそうだ。これよりオレたちは所属不明機との交戦に入るが…ケルベロス1、シュヴェルトライテ、オリオン、そちらはもう燃料と弾薬が心許無いだろう。パルスクート基地は被害を受けていなかったはずだ、後退してくれ。連中はオレたちでお相手する」


「大丈夫か…なんてのは愚問か、あんたらならなんとかしちまいそうだもんな。オリオン隊各機、一度下に降りるぞ」


 ケイフュージュとの戦闘で失われた二機を除くローレライ十機が針路を北に変えて緩やかに高度を下げていくが、ゼルエル二機は変わらずついてこようとする。


「おいおい隊長、ここまで来てそいつぁ無いぜ。確かに燃料も弾薬も気になるレベルだが、あと一戦交えるぐらいならどうってこと…」


「それは嘘ですね、一個中隊を相手に出来る状態とは思えません」


 アトゥレイの言葉を遮って、上空から一機のゼルエルが舞い降りる。鋭い飛行機雲をたなびかせながら緩やかな弧を描き、ピタリとこちらの右側で並走を始める本来の持ち主に返した元愛機。


「おまけに相手はケイフュージュと同等ないしはそれ以上の相手です、どうしても戦いたいならさっさと基地に戻って補給してきてください。ですよね、フィリルさん?」


 コクピットにはヘルメットのバイザーを上げ、マスクも外して微笑むファルの姿が見える。


「ま、そういうことだ。アトゥレイ、ソフィ、無理をしてフォーリアンロザリオの貴重な戦力を失うわけにはいかない。ここにいるのは揃いも揃って精鋭ばかりだしな。一旦下がってくれ、な?」


「…ちっくしょ~、ぐうの音もでねぇぜ。仕方無ぇな、解ったよ。…て、シルヴィ! てめぇそのIFF!」


 アトゥレイが声を荒げたので気になり、レーダーディスプレイに視線を落とすと右隣に並ぶ機体の輝点に名前が添えられている。それを黙読した瞬間、懐かしさに口元が緩んだ。


「ゼルエルに乗って最初に与えられた名前です。今の私が名乗るべき…背負うべき名であると判断しました」


 そこに記されていた彼女のコールサイン、「Banshee-5」。


「いいじゃないか、君とその機体には似合いのコールサインだ」


「まぁ、隊長とシルヴィ…それにティユルィックス少佐もいるんなら大丈夫か。ソフィ、一旦降りようぜ」


「『ケルベロスの二本牙』に『女神殺し』…確かにこれ以上ない精鋭部隊ですね。了解です。ケルベロス1よりパルスクートコントロール、これより一度帰投します。受け入れの準備をお願いします」


 二人も先に戻っていったオリオン隊を追い掛けてパルスクートへ向かっていった。入れ替わるように少し離れた場所を飛んでいたイザナミに乗るティクスがオレの左側に翼を並べる。


「さてティクス、ファル…お前さんたちはちょいと覚悟しろよ? どう見ても楽な相手じゃなさそうだからな」


「解ってる、やっとイザナミの対集団戦闘能力を試せるよ!」


「楽じゃない? そんなことありません、フィリルさんがいて私がいる…私たちに敵なんていませんよ」


 近接格闘戦特化のイザナギ、対集団戦闘特化のイザナミ、情報収集・分析特化の偵察型ゼルエル…いい具合に役割分担がしっかりしているし全員気心知れたメンバーで誰よりも信頼出来る戦友だ。スロットルレバーを押し込み、アフターバーナーを点火。両隣の二人もこちらとまったく同じタイミングで加速を始める。


「光の龍神様とダンスだ、ついてこい!」


「「了解!」」


 ファルとは七年振りのコンビだが、不思議と不安は無い。バンシー5…彼女にとっては辛い記憶を伴うコールサインのはずだが、あえてそれを選んだ彼女の意思を汲んでやりたかった。それだけの覚悟を決めた彼女を信頼してやりたい…そういう気持ちが強かったのかも知れない。やがて前方に巨大な機影と、それに群がる十二機の姿が見えてきた。

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