第202話 在りし日の面影

「…第二次天地戦争終結から七年、私はずっとあの凄惨な戦争から私たちは何を学ぶべきかを考えていました。どうすればあの5000万にも及ぶ、平和の礎となった彼らに報いることが出来るのかと。兵器は進化し、容易く多くの命を瞬時に奪うことの出来るようになってしまいました。ですが…果たしてそれらを御し得るほど人は進化したでしょうか? 私は、そうは思いません」


 ファリエル・セレスティアの演説は、主に軍事力の進歩と人間の弱さを説く内容が続いた。兵器だけが独り歩きに進化し続け、そんな力があるから戦争は起き、人々は終わった後でその惨劇に恐怖するのだ…と。


「兵器があるから戦争が起きるのか、戦争は起きるから兵器が必要なのか…もはやそんな問答は不要です。もう二度と、あんな凄惨な戦争を起こさせない仕組みこそが必要なのです」


 フォーリアンロザリオとルシフェランザの終戦協議を重ねていった中から生まれたアルガード連合という国際組織、そこに加盟国の軍事力を集約させて各国には独自の軍事力保有を許さない…そんなことに賛同する国がどれだけあるのかと疑問が残る主張を聞きながら西北西へと飛び続けていると、雲の向こうに巨大な機影が見えた。


「…あれが、マホロバ?」


 雲の影から現れた三つの機影は夢でも見てるのかと思うほど巨大で、なんだか自分の目で見ているというのに現実のものと思えない。


「こんなものでも…空中に浮かべるんですね」


 手前の二機も充分大きいが、奥にいる一機が文字通り規格外に大きい。ひとつの都市が翼を得て飛んでいるような…昔マンガか何かで空中都市なんてものが描かれていたが、こんな感じだっただろうか。


「ラーズグリーズ…いい名前ね。今のあなたに相応しいというか、あなたの覚悟をよく表現してるわ」


 突然聞こえてきた女性の声。ファリエル・セレスティアが代表を務める組織なら、必ずこの人もいるだろうと思っていた。


「お久し振りですね、アトロポス」


「あなたともゆっくり話がしたいところだけど、まぁ今はお互い忙しいわよね。あの一番大きいのが空母アマテラス、あれに向かって飛んでいきなさい。…あ、一応言っておくとFCSは切っておいてね? ロックオンを検知したら撃ち落とさなきゃいけなくなるから」


 お互いのことはよく知っているとはいえ、当然の忠告だ。フィリルさんから話はいってるんだろうけど、今の私は王国の反逆者…普通なら信用する方が難しいというもの。ここまでの接近を許すこと無く撃墜して然るべき相手だという自覚はある。一番後方に鎮座するアマテラスと呼ばれた巨大な航空機に近づく。

 …さっき空中都市云々と例えたが、そんな生易しいものじゃなかった。周囲を飛びながら観察してみると、左右計六枚の翼の至る所に対空火器が仕込まれていてさながら空中要塞。宇宙人が攻め込んでくるようなSF作品に出てくる宇宙戦艦とか…ああいうイメージの方が近いと感じた。


「アマテラスよりラーズグリーズ、こちらの下層にある緊急着艦デッキへ誘導する。アマテラス底面へ移動せよ」


 聞こえてきた通信に了解の意思を返し、三層構造の底面より下へと機体を潜り込ませる。


「底面にミートボールが見えるか? 隔壁の一部を開放する、激突しないよう注意しつつ接近せよ」


 装甲板の一部がスライドしていくのが見え、その両サイドに赤い光を放つライトがあった。点灯面にはブラインドのように照射方向に対し平行に取り付けられた複数の板があり、進入角度が適正でないと赤い光が見えないようになっている。空母にもこれと似たような装置が装備されており、赤く丸いライトが使われることが多かったことからミートボールと呼ばれている。

 二つのライトを視界に捕らえながら操縦桿を少し引いては戻し、引いては戻しを繰り返して少しずつアマテラスの外殻に近づいていく。この巨体を浮かせるだけの揚力を生むために全体が揚力を発生させる形状となっている機体のすぐ下には思いの外気流の乱れが少なく、ただ眼前に迫る壁のような装甲には若干の恐怖を覚える。手を伸ばせば届きそうだと錯覚するぐらい近づいたところで停止するよう言われ、水平飛行のままミートボールを二つとも見える位置を保ち続ける。


「強制着艦アンカー、ロックオン。射出!」


 開いた隔壁の向こうからワイヤーで繋がれた銛のようなものが四本飛んできたかと思えば主翼や機首の付け根などへと突き刺さる。穏やかではいられない音と衝撃を感じるが、驚いている間にも頭上でアマテラスの底面が更に広く開いていく。


「アンカー命中、固定確認。ラーズグリーズ、もういいぞ。エンジンを停止せよ」


 もう従う他無いと観念してエンジンをカット。機体に固定されたワイヤーを巻き上げられると、ローレライを収めるには充分過ぎるぐらい広範囲に開いた底面装甲の中へと収容されていく。やがて完全にアマテラスの中へ格納され、開いていた底面装甲も閉じられる。


「収容完了、機密確認。緊急着艦デッキ加圧中」


 外から見ても大きかったが中の空間も広い。アレクトの格納庫も広いと感じたけど、もはやその比では無い。ワイヤーで釣り上げられたまま、周りに作業着姿の整備兵らしき人たちが駆け寄ってきて機首側面のスイッチを操作し、キャノピーが開けられた。


「ようこそ、アマテラスへ! シルヴィ・レイヤーファル中尉」


 そう言って顔を覗かせた整備兵の顔を見て、驚きと共に浮かび上がった言葉が思わず口から零れ出た。


「…チサト?」




 見事に着艦を果たしたシルヴィ中尉を連れて艦内の廊下を進み、Cブロック後部のカーゴブロックへと向かう。さっきの着艦は動画で撮影されているし、アマテラスの発着艦システム規格に適合しない航空機用の着艦モデルとして保存するよう進言しておこう。そんなことを考えつつ、後ろをついてきてくれている中尉にちらりと視線を投げる。


「あの、シルヴィ中尉…ひとつ伺ってもよろしいですか?」


「え、あ、はい。なんでしょう?」


 最初見た時はヘルメットを被っていたから気付かなかったが、彼女の素顔を見ると女の私が見惚れてしまうぐらいの美人さんだった。金色の大きな瞳にサラサラと輝く銀色の長髪、人形みたいに整った顔…。ふ、自信を無くすぜ。


「中尉は確か、戦時中バンシー隊の三番機に搭乗されていましたよね?」


 私の指摘に中尉は若干表情を曇らせながら視線を逸らし、「はい、WSOでした」と答えてくれた。


「ああ、申し訳ありません! 中尉にとって、あまり気持ちのいい話題ではありませんでしたよね。でも、私はずっと中尉に会ってみたかったんです。バンシー3のパイロット、チサト・ルィシトナータは私のにあたる人でして…私がまだ幼かった頃にチトセおばさんとは何度か会ったことがあるんです」


 中尉が驚いたように目を丸くし、しかし直後に悲しい目に変わる。


「そう、でしたか…。なんだか面影が似てるような気がしていましたが…。その、彼女は…チサトは、私にとって掛け替えの無い戦友であり、大切な親友でした」


「とても立派なパイロットだったと聞いています。私は当時、連邦空軍の整備担当でしたが…新聞で初めて彼女の名前を見付けた時は正直怒りを覚えたものでした。元々親族でおばさんの国際結婚に賛同する人はいませんでしたし、それを振り切って嫁いでいったおばさんを悪く言う人たちばかりでしたから…その娘が敵のエースパイロットとして、連邦を襲っていると知った時の憤りたるや我ながら恥ずかしいぐらいでしたよ。ですからエンヴィオーネで彼女が戦死したと聞いた時には、悲しみより喜びの方が勝っていたように思います」


 中尉は静かに私の言葉に耳を傾けてくれている。怒りと悲しみを混ぜ込んだ視線が刺さってくるけど、それでもきちんと事実をありのまま伝えたい。

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