第183話 魔眼の告死天使

「…こんな恐ろしい戦闘機が、アマテラスには三十機も?」


「いえいえ、いくら艦載機の搭載数が少ないからと言ってもこんな高性能機を揃えるなどさすがに無理でしたので量産機は別に御座います。イザナギとイザナミで得られたデータを基に削れる部分を削り、ダウンスペックして生産性を向上させた対空・対地・対艦すべてに対応可能なマルチロール戦闘機、TMM‐03『カグツチ』がそれになります。アマテラスの艦載機は常用がカグツチ二十四機とイザナギ・イザナミの二機、予備のカグツチが四機…という構成になりますわ」


 二個中隊とオレとティクスの分隊が基本ってことか。状況に応じて対空戦闘と対地攻撃の割合は変えられるようにマルチロール機で揃えたんだろうな。

 自分が乗ることになるらしいイザナギに近寄り、間近に全体を眺めて周囲をぐるっと回る。エアインテークの脇に、ゼルエルに比べると大きめなカナード翼が水平よりもやや上向きに取り付けられ、主翼は前進翼が採用されている。ゼルエルと大きく違うのは垂直尾翼に相当するパーツが無く、エンジンブロックの脇に取り付けられた尾翼は45度の角度で上向いていて、これと上下では無く左右に動くタイプの二次元ベクターノズルで姿勢制御を行うらしい。上下の制動とロールに関しては翼で、水平方向のヨーイングに関してはこのベクターノズルで…ということか。垂直尾翼が無いせいで、全体として大分扁平な印象を受ける。全体的なデザインはイザナミも同様だ。ハッツティオールシューネとゼルエルを足して二で割った後で垂直カナード翼と垂直尾翼を取り払い、全体的なバランスを調整したような…そんな印象だ。


「あれ、フィー君。そっちももうエンブレムってついてる?」


 ティクスが尾翼を見上げながら声を投げてくる。言われてこっちの尾翼も見てみると、不思議なエンブレムが描かれていた。


「なんだこれ? 本と、目…?」


 ちょうど真ん中で開かれた本、それを支える手の甲には大きな目が描かれ、それらを抱くように純白の羽が一対描かれたエンブレム。よく見ると、そのエンブレムの下に何か文字が書かれている…。


「これが名前…か? ん~と…」


「アズライール、天使様の名前だよ」


 書かれた文字を読もうとした時、格納庫に反響する懐かしい声。


「神様の書記官って呼ばれてて、持ってるノートにはすべての人の名前が書かれてるの。新しい命が生まれれば名前を書き足して、死んだ人の名前は消していく…」


 ファリエル議長が履いてるパンプスと同じような足音が、コツコツと近づいてくる。


「体中あちこちにたくさんの目があって、そのひとつひとつで現世に生きる人をずっと見つめてるの。そして人が死ぬ時、その人を見つめていた目が閉じられる…」


 ファリエル議長の物と比べれば、若干抑え目ではあるが…それでも着ている人間の年齢を考えれば大分豪華なドレスを纏った少女が現れる。


「ウィンクひとつで相手を殺せるって怖がる人もいるけど、その人の一生をずっと見守ってくれる…そんな有り難い天使様なんだよ」


「お前…」


「ティニちゃん!?」


 一年振りに会うティニは、衣装のせいもあるのか実年齢よりも大人に見えたが…紛れも無くティニだ。


「久し振り、お兄ちゃん! お姉ちゃん!」


 ドレスの裾を少し摘み上げるとパタパタと駆け寄り、オレに抱き着いてきた。


「くっは~、一年振りだぁ! ん~、懐かし~」


 両腕を腰に回してキツく締め、顔を胸辺りに密着させて犬みたいに鼻をスンスンと鳴らす。…以前会った時よりも大人びて見えたのは幻だったようだ。


「ちょ、ちょっとティニちゃん!」


「ん? 大丈夫、お姉ちゃんも忘れてないよ! とうっ!」


 パッとオレへの拘束を解くと、駆け寄ってきていたティクスへカウンタータックル。そのまま抱き着いて頬擦りを始める。多分ティクスはミコトのアレがあった手前、オレへのスキンシップに過敏に反応してしまっただけなんだろうが…自分もされるとは思わなかったらしい。


「うわ!? ちょ、ティニちゃん! や、そんなとこ嗅いじゃ…!」


「あ~、なっつかし~。なんだか二人の匂い嗅いでるとヴァイス・フォーゲルに帰ってきたみたいな気分になるよ。お兄ちゃんの抱き心地も好きだけど、お姉ちゃんもふわふわしてて好き~」


 場所が場所ならただ微笑ましいだけのじゃれ合いに見えるんだろうが、傍らに戦闘機があって片やドレス姿で片や着替えにと渡された迷彩服BDU姿である。お互いの服装もちぐはぐならこの場と雰囲気もなんだか場違いな感じが…なんて考えてたら背後に妙な気配を察知し、反射的に体を捻りながら床を蹴飛ばす。気配の正体は…まぁ案の定、獣のように目をギラつかせながら立っていたミコトだった。


「て、テルニーア様が許されるのなら…わたくしも!」


「てめぇはダメだ!」


「何故ですか!?」


「あいつのはただの愛情表現だが、てめぇのはそれに加えて邪な何かを感じるからだ!」


 そんなやり取りをしていたらファリエル議長がそっとミコトの背後に回り、手に持っていた扇で彼女の後頭部を小突いた。


「自重なさい、と昨日もあれだけ言ったのに…まだ解らないのですか?」


「あ、ふぁ、ファリエル様…申し訳ありません。ちょ、ちょっと油断しただけですわ。ですから大丈夫です、大丈夫です!」


「一体何がどう大丈夫なのかが解りませんが…まぁいいでしょう。御二方はこちらのイザナギとイザナミでアズライール隊を編成していただきます。おそらくですが…マホロバの初陣は御二方がカギとなります。心して臨んでください」


 さすがはルシフェランザ全土から敬愛される女性、その真剣な眼差しには既に軍隊の総司令官としての威厳があった。自然とブーツの踵を打ち鳴らして気を付けの姿勢を取り、敬礼する。


「了解しました、ファリエル…提督。フィリル・F・マグナード、ティユルィックス・マグナード両名、アズライール隊を編成し、艦隊の指揮下に入ります」


 その返答に満足したのか、「提督」という響きに一瞬驚いたような表情をしながらも笑顔で「期待しています」と頷いた。

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