第184話 暁の砲声

 フォーリアンロザリオ王国ビナー地方ダレットザイン、イクスリオテ公国との国境線が接するこの地域には王国陸軍の国境警備隊が駐留するエロヒム基地がある。


「…今日だよな、終戦記念式典」


「ん~? ああ、そうだな」


 同僚の生返事を聞きながら手札を二枚捨てて、山札から二枚引く。こんな辺境の基地でやることと言えば、日々スケジュールに組み込まれている訓練と銃の手入れ…あとはこうしてカードゲームに勤しむか周りの木を数えるかぐらいだ。こんな夜明け時の待機任務なんて退屈以外の何物でも無い。


「今年はヴァルキューレが飛ぶんだろ? いっぺんぐらい見たいよな」


「つってもゼルエルは一機だけだぜ? オルトリンデでも見れるんなら興味あるけどよ」


「なんだお前、ヘルムヴィーケだってプラウディア戦じゃすごかったって話知らねぇのか? アレクトとメガエラ、ティスホーンが無事だったのはヘルムヴィーケとオリオンがいたおかげだぜ? …おっと、コール」


 自分の手札をテーブルに放る。同じ数字が三枚と二枚の組み合わせ…悪くないはずだ。


「ちっ、ツイてやがるな。ワンペアだ」


「へっへ~、まいど」


 賭け金代わりのタバコを掴んでポケットに捻じ込む。


「さってと、もうワンゲームするか?」


「ち、交代はまだかよ。そろそろいい時間のはず…ん?」


 同僚が傍らに置いたパソコンでネットの動画投稿サイトにアクセスすると、何やら自動的にひとつの動画再生画面が開かれた。


「なんだこりゃ…?」


 画面に映し出されたのは一人の若い…のか? 顔は若そうに見えるが、白髪の女性。


「…おはよう御座います、私はエルダ・グレイ。エティカレコンクィスタのリーダーです。今日は終戦記念日、あの凄惨な第二次天地戦争が終結して七年目の記念すべき日ですね。ですが皆さん、私は思うのです。あの戦争は本当に終わったと言えるのでしょうか? あの戦争を生き延びた皆さんが、未だに貧困に喘ぐ生活を抜け出せないのは何故ですか? 苦しい生活の中で、納めた税金が何に使われているかご存知ですか? 私が…グリフィロスナイツになり損ねた、このエルダ・グレイが答えをお教えしましょう」


 カラーコンタクトでも入れてるのか、気味の悪いピンク色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。グリフィロスナイツになり損ねた、とはどういう意味だ?


「グリフィロスナイツ…その存在はあの大戦で活躍したヴァルキューレ隊三番機パイロット、イーグレット・ナハトクロイツがその一員であることが公になったことから広く一般にも知れ渡ることになりましたが、その実態を知る人は軍内部はおろか政府要人でも決して多くありません。それはそうでしょう、彼らの任務とは女王から与えられる汚れた仕事…時に非人道的な実験に参加し、時に女王の意にそぐわぬ者を暗殺する。そのために与えられた特権であり、そのために与えられる力…」


「お、おい…なんか同じ動画がいろんなサイトで…ラジオもだ!」


 別の動画投稿サイトを開いたり携帯電話でラジオを受信させてみても、パソコンから流れる映像と同じ音声が聞こえてくる。ジャックされてるってことか?


「女王が管理する極秘機関、『匣庭』と呼ばれるそこで行われる実験の数々と費やされる莫大な資金…そのために、皆さんから集められた血税は使われているのです。どこかの政治家の裏金? 官公庁の裏帳簿? 叩けば多少の埃は出るでしょうが、そんなの微々たる誤差の範囲です。匣庭こそが、女王こそが戦争から七年経っても一向に希望が見えない元凶なのです。そこから生み出された技術を基にこの国が発展してきたという事実はあるでしょう。しかし、国民の生活を犠牲にしてまで維持しなければならないものでは無い。私が…私たちが打倒し、この国の闇に溜まった膿を出し切る。エティカレコンクィスタは、そのための行動を開始します。あの戦争で国の明るい未来を信じて散った数多の英霊の御魂に報いるために…」


 その動画は生放送だったらしく、接続が断たれたのか画面が暗転する。なんだったんだ? 不穏な言葉がいくつも聞こえた気がしたが…。ふと窓の外を見ると、白み始めていた空には太陽が顔を覗かせ始め、国境線を仕切るフェンスと平原が照らし出されていく。


「…ん?」


 見慣れた風景に違和感を覚える。イクスリオテ公国領内とフォーリアンロザリオ王国領内を繋ぐ道路が続くだけのだだっ広い平原が目の前に広がっている。だがそこに…見慣れないものがいくつかあった。デスクの上に置いてある双眼鏡を手に取り、それを確認しようと振り向いた瞬間…突然の爆発音と振動に体が硬直する。


「なんだ!?」


 顔を上げて窓の外を見れば、国境を隔てるフェンスの一部とゲートが無残に吹き飛ばされ、地面にはクレーターのようなものが出来上がっていた。


「け、警報鳴らせ! ありゃ戦車だ、連中いきなり撃ってきやがった!」


 待機任務を共にしてた同僚が咄嗟にヘルメットを被り、ライフルを片手に部屋を飛び出していく。非常事態を知らせるサイレンのスイッチに拳を叩きつけ、基地内放送マイクに向かって叫ぶ。


「緊急事態発生、緊急事態発生! 当基地は現在所属不明勢力による襲撃を受けている。ただちに総員起こし、第一種防衛態勢を取れ! これは演習では無い。繰り返す、これは演習では無い!」




 首都フィンバラ近郊のパルスクート基地、その管制室は各地の基地から一斉に寄せられてきた情報が飛び交い混乱していた。


「ビナー地方マルガリータ基地、所属不明機による空爆で滑走路が使用不能です!」


「ゲブラー地方のバグロヴィ基地、カルブンクルス基地、フェルム基地からも被害報告! 飛来したミカエルⅡ数機による空爆を受け滑走路使用不能! 他の基地へ現れたのも、同様のミカエルⅡと思われます!」


「ミカエルⅡで空爆!? どういうことだ!」


「増槽用のハードポイントに爆弾を搭載すれば可能だ。各基地に現れた所属不明機の総数と被害状況をまとめろ!」


「陸軍の国境警備隊、エロヒム基地より応援要請! イクスリオテ公国側から出現した地上部隊による襲撃を受けている模様! 襲撃部隊には戦車を含む!」


 国境警備隊の基地…特に長らく同盟関係にあったイクスリオテと接する地域にあるものは主に陸路を行き交う人や物を監視するための拠点としての意味合いが強く、終戦後の軍縮もあって最低限の人員と装備しか与えられていない。戦車に対抗する武装なんて携行型対戦車ミサイルぐらいしかないはずだ。歩兵だけで戦車と…いや、戦車だけならまだどうとでも出来るだろうが、無論戦車だけで突進してくるわけが無い。その取り巻きに歩兵がいるだろう。銃撃に曝される中でミサイルを照準している余裕などありはしないだろう。


「カイラス少佐! イクスリオテ公国側から緊急発表があり、ゾーハル空軍基地が武装集団の襲撃により占拠され、現在奪還に向け公国陸軍が緊急展開中との情報が…!」


「そんな解り切った情報要らないわ!」


 国境線の襲撃も空襲に遭った基地の分布が南東地域に集中している点を見ても、その起点がイクスリオテ公国領内であることなどとっくに明らかだ。フォーリアンロザリオとの国境に一番近い空軍基地はゾーハル基地…そこが占拠されたなどという情報が今頃開示されること自体おかしな話だ。イクスリオテ公国そのものが手引きしたと考える方が自然だろうし、そうでなければ爆装したミカエルⅡをこれだけの数揃えられるものか。


「全空軍基地に緊急連絡、スクランブル待機中の部隊は直ちに発進! 所属不明機アンノウンは南東エリア各基地の滑走路を爆撃しながら北上を続けているわ。レーダーサイトはアンノウンの動きを追跡、空へ上がった友軍機にその位置を随時伝達して会敵ポイントへ誘導! ホド地方沿岸の第一艦隊にも支援要請、急いで!」


 普段から空軍の各基地には二機のミカエルⅡがスクランブル待機しているはずだ。だがそれでも離陸までにおよそ五分、そこから最高速度で迎撃に向かったとしても…首都上空に到達する敵機は少なからずいるだろう。この基地のスクランブル待機当番だったはずのキャペルスウェイト隊の連中は昨日飛んでいったきり帰ってこない。格納庫に整備兵を走らせたが、残っていた機体はスクランブル出来る状態ですら無かった。ならば…。


「それから、イェソドのビフレスト基地に連絡を取って…」


 自分でも無意識に、次から次へと各方面の基地へ連絡を取る通信士に耳打ちするように声量を抑えてそう伝える。メファリア准将がこの基地にいない今、私が指示を飛ばさなければならない。重圧に押し潰されそうな胸に自分の拳を一度、軽く打ち付けて不安を誤魔化す。

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