第158話 キャペルスウェイト隊

 フォーリアンロザリオ首都フィンバラ近郊、パルスクート基地。元々は海軍航空隊基地だったが、戦後の統廃合を受けてここには空軍と海軍双方の航空部門の中枢が置かれることになった。ヴァルキューレ隊解散後、ぼくはここに配置されているキャペルスウェイト隊に復帰していた。首都防空を専門とするエリート部隊…軍内部ではそう認知されているこの部隊だが、その実態は正真正銘お飾り部隊だ。あの大戦でも前半攻め込まれていた時期にこそ出撃回数を重ねはしたが、レヴィアータ攻撃やケルツァーク基地の完成以降も首都防空を主任務とし続け、来ない敵機を警戒して後方に居座り続けた。

 海軍の第一艦隊は旗艦を戦艦が務めていたこともあり、現代戦闘において運用が難しかったという事情は理解出来る。しかしキャペルスウェイト隊は違う。首都に一番近いという理由だけで、海軍基地であるはずのこの場所の一角に空軍部隊が居座り、機体だってミカエルⅡが配備されていたというのに中盤以降まったく出撃が無かったのだ。全軍が死力を尽くし第一艦隊まで出撃したプラウディアでの決戦でさえこの部隊は本土に留まった。ほぼ全戦力を投入した決戦、その隙を突いて別働隊が本土攻撃に来るかも知れない…ということだったが、その可能性を危険視したのであれば一飛行隊残した程度で護れるとは思えない。要するに、この部隊には本土から動けない事情があったのだ。

 キャペルスウェイト隊はその構成員全員が女王陛下からの特務を与えられている。ある者は諜報活動、ある者は反乱分子の粛清…およそ口外出来ない内容の任務をこなすために存在する、それがこの部隊の実態なのだ。


「…これも、飛ぶことは無いんだろうな」


 自分たちにあてがわれた格納庫、そこにはミカエルⅡが翼を並べている。しかしこの部隊の特性上、ここにいる八機のミカエルⅡが空を舞う状況は考えづらい。今だってこれらに乗るべきパイロットである隊員がどこにいるのかすら定かじゃないんだから。

 人気の無い格納庫を後にし、中央資料室へ向かう。そこにはこれまでの軍事に関するあらゆる情報が集められ、個人の持つIDに割り当てられた権限の範囲でそれらの情報をいつでも閲覧出来るようになっていた。

 ルー・ネレイス級戦艦が活躍した第一次天地戦争時代の兵器資料や、戦闘記録なんかも紙資料と電子資料の両方で保存されている…言ってみれば軍事図書館のような場所だ。受付で館内に設置された情報端末の使用許可を申請し、一番奥の機密性の高い資料などを閲覧する際に使用するパーティションで区切られた席に座ると端末の電源を入れる。起動画面で求められるIDとパスワードの入力、ぼくはイーグレット・ナハトクロイツ大尉としてのIDとは別のグリフィロスナイツとしてのIDとパスワードを入力してログイン。専用の画面が表示される。


『閲覧したい情報を入力してください』


 …キャペルスウェイト隊の隊員の所在、検索。


『現在パルスクート基地内にイーグレット・ナハトクロイツ大尉、イザベラ・ラストチカ少尉が待機中。他七名に関しては特務中のため所在は秘匿中』


 …エルダ・グレイの所在、検索。


『不明』


 …被検体ナンバーG‐90Eの所在、検索。


『不明』


 このIDでここにアクセスすれば、現在グリフィロスナイツが把握している情報であれば閲覧出来るはずだ。ぼくの位は守護騎兵、一応序列としては最高位とされる近衛騎兵の次。その近衛騎兵は適合者なしで現状空席なのだから閲覧出来ない情報は無いはず…なのに、特務を受けている連中の所在も参照出来なければ、終戦祝賀パーティーの会場でディソールと共にいたエルダの所在も不明のまま。女王陛下に直接問い質したりもしたが、納得のいく回答は得られなかった。


「……まぁ、つまりそういうことか」


 例の計画は今も尚進行中で、元々あまり賛同的じゃなかったぼくには蚊帳の外の傍観者でいてくれ…と。ディソール…マリオネイターシステムが抱える九人の端末共にはグリフィロスナイツの末端階級である猟騎兵の位が与えられている。つまり彼らの指揮系統も女王陛下の直下に存在し、すべての行動は女王陛下の知る処であるはず。その情報がぼくに伝えられていない。ぼくに対する情報封鎖はいつからなのだろうか…。バンシー隊にいた頃は少なくとも見れていたはず。ディソールと合流することになったヴァルキューレ隊の頃からか? 少なくともあの終戦祝賀パーティーの時点でエルダとディソールは行動を共にしていたのだから、終戦前から情報が偽装されていたことは間違いない。


『戦争は終わり、ルシフェランザとは協調の道を歩むこととなろう。そうなれば、アレが舞う空は…もはや無いのかも知れぬ』


 女王陛下は確かに、計画の見直しを訴えたぼくにそう言った。


『それがそなたの望みであるなら、検討はしてみよう。されど計画に携わる者はそれぞれに事情を抱えておる、結果までは約束出来ぬぞ?』


 確かにそうとも言った。だがその結果、どういう方向性で決定したのかまでは聞かされていない。というか、おそらく計画を見直す気なんて最初から無かったように思う。そしてぼくの意見は封殺、己の信ずる道をひた走る…そういうことだろう。

 端末の電源を落とし、部屋を出る。廊下を歩いていると、前方に見覚えのある青い髪の女性将校を見付けた。


「カイラス少佐」


 駆け寄りながら声を掛ける。ヴァルキューレ隊が解散となってからも、同じ基地にいる彼女とはよく顔を合わせる。


「イーグレット…いえ、守護騎兵様…立場上はそうお呼びした方がいいのかしら?」


「だからそれはやめてくれと言っているだろうに…」


「あんたがあのバカと同じように上官に対して敬語を使わないからよ」


 …言われてみればそれもそうだ。女王陛下の御前では自然と敬語が出てくるのに、何故か他の人の前では違和感があるのか敬語を使わず話してしまう。悪い癖になってしまったな…。


「アトゥレイは元気にやってるかな?」


「あいつから元気を取ったら何が残るってのよ。ま、評判は賛否両論だけど新兵しごきまくってるらしいわ」


 彼はメルルと一緒に南方のイェソド地方にあるビフレスト訓練基地で教官をやっている。高等練習機のT‐9「ヴィクター」を中心に、急遽練習機として保守用部品生産期間を延長したヴァーチャーⅡが配備され、パイロットを目指す青少年たちを教育していると聞いていた。


「それで、まさかそんな世間話をするために呼び止めたってわけでもないでしょ?」


 彼女に促されるまま、ぼくは懐にしまっておいた一枚のカードを手渡す。薄い真っ赤な二枚のアクリル板の間には紙が収められ、中身を確認するためには真ん中で折って取り出すしかないという代物だ。その表面には中身を外から確認出来ないよう文字の羅列が刻印され、その中央には一際存在感のある王家の紋章がでかでかと鎮座している。


「これをメファリア准将に渡して欲しい。中身は…ま、准将なら察しが付くはずだ。『時が来たら開封してくれ』とでも付け加えておいてくれ」


「これって…グリフィロスナイツ特権ってヤツ?」


 独断での作戦立案と実行権限、グリフィロスナイツに与えられている特権のひとつだ。女王陛下直下の組織であるぼくらは、軍内部のあらゆる指揮系統を飛び越えて命令を出すことが許されている。未だに階級としては大尉であるぼくだが、やろうと思えば上官であるカイラス少佐はおろかメファリア准将にだって命令を下すことが出来るというわけだ。グリフィロスナイツがあまりおおっぴらにされておらず、今までにこの権限を行使された例もほとんど無かったからよいものの、ひとつ間違えれば大事にもなりかねない特権だ。


「こりゃまた…おっかない代物を預けられたものね。解った、渡しておくわ」


「本人に直接…の方がいいかとも思ったけど、こういう物は信頼出来る人を介して渡った方が効力を発揮するからね。よろしく頼むよ」


 信頼…という意味で言えば彼女なら申し分ない。今この基地にいる人間では誰よりも信頼出来る。ぼくは感謝の意味を込めて彼女に敬礼をするとその場から離れる。窓の外は曇天…見ているだけで、やや不安を覚える空だ。


「…終戦から七年、か」


 国内で回復の見えない不景気や王室への批判、王国傘下の国々で王国影響下からの離脱宣言など様々なゴタゴタがあったおかげで「何事も無かった」が、あれから恙無く進行していたとすればそろそろ計画も最終段階に来ている頃合いだろう。もう事態は動き出してしまっている。女王の計画も大詰めだろうけど、ぼく自身も売国奴と言われても文句は言えない行為に手を染め、もはや後には引けないところにいる。エルダも動き始めるだろう。最近の反王室の機運は彼女にとって追い風であるはずだ。ぼくも打つべき手を打ち、来るべき時に備えるとしよう。

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