第146話 終戦祝賀会
帰国したらしたで大騒ぎだった。政府からのお達しがあったらしく、「戦勝」という文言こそ使っていないが事実上の勝利で終幕したという認識はフォーリアンロザリオ国民の誰しもが持っているようだった。陸軍や空軍など海を渡っていた部隊の撤退も着々と進んでいるようだが、それでも先に到着した海軍への注目は自然と高まる。特にヴァルキューレ隊のメンバーは戦争終結の立役者ともてはやされ、軍の広報も協力したために連日カメラやマイクの前に立たされることになった。時には単独で、時には複数人で取材を受けた。
開戦以来長きに渡って絶対的な空の覇者だった運命の三女神を初めて撃墜したシルヴィ・レイヤーファル中尉や、ヴァルキューレ隊の長であるフィリル・F・マグナード少佐とその副官のティユルィックス・パロナール大尉はもちろんだけど…私、メルル・スウェイドも陸軍から守護天使の如き扱いをされていたらしく、この四人には一際強く注目が集まっていたようで頻繁に連れまわされた。
国内がそうこうしているうちに、フォーリアンロザリオ王国の女王ルティナ陛下とルシフェランザ連邦の最高評議会議長ファリエル・セレスティアのトップ会合がオルクス海フォーリアンロザリオ領に浮かぶアルガード島にて行われ、正式に戦争終結の条約締結が成された。詳細部分の調整は今後も継続されるそうだが、後世に禍根を残さぬようにという配慮から互いに戦後賠償を求めず、互いの復興に対し相互援助を約束するという点では合意された。
そして停戦から約二ヶ月半が経った今日、大陸からの撤退が一段落したため終戦祝賀パーティーが催される。場所は古に建築された三つの城。管理を民間に委託したところ、歴史的な遺産としてありのままを残すよりも整備して宿泊施設に改装することで、保存費用を確保する試みが施された。結果として歴史を感じさせる荘厳な外観と使い勝手のいい巨大ホール、充分過ぎる宿泊部屋を持つ施設へと生まれ変わった。
現場の声を色々反映させた結果、戦時下に内地にいた所謂「お偉方」をカスパー城、実際戦場に立っていた兵士たちを戦線毎にメルキオール城とバルタザール城にそれぞれ振り分ける形になった。前線からの帰還兵曰く、銃弾の一発を撃ちもしなけりゃ喰らってもいない連中と飲んでも楽しめない…だそうだ。
車でバルタザール城に辿り着くと、まずその外観に息を飲んだ。築城当時には大砲が並べられていたであろう城壁や回廊、四方に睨みを利かせるように聳える塔…戦うための城というような威圧的な雰囲気を醸し出す。ライトアップされてるとはいえ夜闇の中に佇んでいることも相乗効果を生んでいるかも知れない。
「…終戦を祝うパーティーに昔の戦いを彷彿させるような場所って、お洒落のつもりなのかしら」
今までこんな場所に来る機会なんて無かった。その雰囲気にいささか圧倒されて呆けていたところ、名前を呼ばれて振り返る。
「お疲れ様。あなたがここにいるってことは、ヴァルキューレはみんなここなのかしらね」
「姉さん」
紺色を基調としたトレンチコートベースの第一種礼装に身を包んだ姉、メファリア・スウェイド大佐。クロートーとの戦闘で機体を失ったが、脱出後に地上部隊と合流を果たして無事グリーダースへ辿り着いたという話は聞いていた。しかし実際に顔を合わせるのはプラウディア戦以降初めてとなる。その姉がキツネにつままれたような顔をしていた。
「…如何されました?」
「いいえ、久し振りに『姉さん』って呼んでくれた…ってね。ちょっと嬉しかっただけ。それにしても海軍の礼装はやっぱりかっこいいわね。私もそっちがよかったな」
海軍の礼装も基本デザインは空軍の物と変わらないが、基本色が白に変更されている。陸軍は深緑で、三軍それぞれのイメージカラーなんだそうだ。男女共にトレンチタイプのロングコート、肩には金色のモールが取り付けられ、縁や襟にもあしらわれた金色の刺繍が華やかさを演出する。
「大佐も大変お似合いですよ」
「やめてよ、おめでたい場なんだからさっきみたいに『姉さん』って呼んでくれた方が嬉しいわ。敬語も要らない」
さ、とりあえず入りましょう…と手を引かれる。
准将以上の連中はカスパー城に集められたため、長ったらしい説教も無く開宴を迎えた。主に南方戦線で戦っていた兵士が集められたバルタザール城のメインホールには三軍の兵士たちが互いに戦場での武勲や思い出話に花を咲かせながら酒を酌み交わしている。バンシー隊が創設される以前から少年兵が多くいたはずだから、この会場にも相当数いるんだろうが…酒振る舞っていいのか?
ホールの壁際に並べられた料理を適当に摘んだら紅茶をもらって早々に賑わう人混みの中から抜け出す。ここのホールは高い天井を持ち、四方の壁伝いにぐるっと回廊が設けられている。とりあえずそこへ逃げよう。
「おいカイラス、これ美味いぞ! 喰ってみろよ!」
「あんたね、もうちょっと行儀よく出来ないの!? 礼装汚したりしたら承知しないわよ!」
何か聞こえたが無視しよう。なんだか今日はあいつらの面倒まで見る気分になれない。
「あ、おいあそこにいるのってヴァルキューレじゃないか?」
「マジか!? 挨拶しとこうぜ!」
二人の痴話喧嘩に引きつけられてか、会場の連中がカイラス・アトゥレイ組の方に群がっていく。回廊に続く階段を上りながら全体を見下ろしてみるとカイラス・アトゥレイ組の他にもいくつか人が密集してる様子が見て取れる。目を凝らすと人だかりの中心にいるのは…ひとつはメファリア・メルル姉妹、もうひとつはファルだ。あとは…知らない連中だな、陸軍の制服とかも見える。まぁ三軍それぞれに英雄と呼ばれる存在はいるんだろう。回廊を歩くと、オレと同じように静かに過ごしたい連中が数名先客として既に来ていた。
弦楽アンサンブルまで呼んでたらしく、ホールに酒飲み連中の会話に混じって心地よい音色が響く。しばらく回廊の手摺りに寄りかかりながらその演奏に耳を傾けていると、ふと背後で物音がしていることに気付いた。振り向くと豪華な窓をそのまま巨大化させたようなドアの向こうからティクスがガラス戸を小突いている。なんだ、このドア開くのか。内側からだとただ錠を回すだけで簡単に開いた。
「こんなとこで何やってんだ?」
「ちょっと夜風に当たりたかった…ていうか、まぁ、あんまり知らない人が大勢いる中ってのは苦手で」
そういやこいつ、会場に着いて早々お手洗いに行きたいとか抜かして一旦抜け出してたんだったな。で、戻ってきたらオレとはぐれ、他の見知ったメンバーは人だかりの中心にいるしで合流出来ず、バルコニーに逃げた…とそんなとこだろう。
「フィー君もここにいようよ。ほら、風が気持ちいいよ?」
腕を掴まれバルコニーへと連れ込まれる。確かにここなら酒の臭いも無いし、ドアを開けっ放しにしておけば仮に中で何かあっても気付けるだろう。昔の権力者はよほど高いところが好きだったらしく、この城も周囲より小高く土が盛られた丘の上に建っている。城の周りはぐるっと木々が生い茂り、丘の麓には湖が月明かりを反射させて輝いていた。
…うん、まぁ確かに悪くない気分だ。
「なんだかさ、こんな風にパーティーとか開かれると…戦争終わったんだな~って実感するね」
「そうだな。とはいえ、今回ルシフェランザに賠償を求めないってことは…しばらく経済は冷え込むだろうな。国が国民から集めた税金使って、こんなどんちゃん騒ぎやってていいのかって気がしなくも無いが…」
「あはは、それは言えてるかも。もっと別に使い道ある気はするね」
元々の築城経緯が戦闘目的だったせいもあるのか、最寄りの町まででも車で約四十分かかる位置にある。そんな立地のおかげか、ふと上空を見上げると結構星が見えた。
「星、綺麗だね…」
左側の視界が狭いせいで姿は見えないが、ティクスの声が左耳に小さく届く。
「最初に場所聞かされた時は、なんでこんな遠い場所でって思ったが…これはこれでいいもんだな」
こうして空をぼんやり見上げるのも随分久し振りな気がする。確かガキの頃、ティクスにウェルトゥとオレの三人で空を見上げながら、その時浮かんでいた雲の形を何かに例える遊びをしていた。
「ウェルトゥ…」
不意に妹の名前が口から零れる。最近夢にも見なくなったが、家族が一斉に死んだあの日のことは忘れたくても忘れられるものでは無い。燃えながら墜落するヴァーチャー、湧き上がる炎、ところどころ黒く焦げた妹の体、爆散するヴァーチャーの破片からオレとティクスを庇って死んだ母さんの体から流れ出た血の臭い…油断するとフラッシュバックしてくる。ティクスみたいに意識を失うとかそういうことは無いが、何かの拍子に思い出してしまうとテンションがだだ下がる。結局、仇も討てなかった。
「…これでよかったんだと思うよ?」
物思いに耽っていたら突然左手を握られた。我に返って左を振り向くと、ティクスが心配そうな顔をしてこちらを見つめている。
「アトラクナクアにとどめは刺せなかったけど、だから今のところ戦後処理で面倒なことにもなってないし…多分ウェルトゥちゃんだって別に仇を討って欲しいなんて思ってないよ。フィー君が生きて、戦争の終わりを迎えられた…きっとそれだけでウェルトゥちゃんは喜んでくれてるはずだよ」
見抜かれていたらしい。いや、妹の名前を出せばこいつならオレの考えを察することくらい出来るか。冷たい夜風が吹き抜け、左手に感じる温もりがより強く感じられる。妹とも仲の良かったこいつがそう言うのなら…。
「…そう、かもな」
そうだよ、と子供みたいな微笑みを浮かべて断言するティクス。まったく、根拠なんて無いに等しいくせに…。
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