第145話 幼馴染

 伝えるべきことは伝えた。欲しかった答えももらえた。だがなんなんだ、このどうにかしなきゃっていう空気。ティクスはなんか顔真っ赤にして苦しそうに肩で息してる。声掛け辛いことこの上ない。大体、何を話せばいいのか。

 どれくらい微妙な空気が続いたのか…しばらくしてティクスの呼吸も落ち着いてきた。


「……落ち着いたか?」


「う、うん…。あはは、まさかフィー君から好きって言ってくれる日が来るなんて…なんだかまだ信じられないよ」


 そう言われてみればティクスからは何度か言われたような気もする。でも当時はまだ世話の焼ける幼馴染としか思ってなかったせいでまともに受け止めることも無く聞き流していた…気がする。


「ああ、でも…うん、随分長く待ったなぁ。ざっと…えっと、十四年弱…ぐらい? フィー君よかったね、私が一途な女の子でさ」


 顔はまだ赤いが、見る度にちょっとイラっとするドヤ顔が出来るぐらいには落ち着いてきたらしい。今オレが二十三、ティクスが二十一で…十四年弱?


「…ん? てことはお前、うちの隣に引っ越してきてからそんなに間もなく…?」


「そうだよ? え、気付いてなかったの? 結構アピールしてたつもりなんだけど…」


 ぶっちゃけさっぱり気付かなかった。十四年前って言ったらホントに出会って間もなく…あ、いやでも、出会ってから二年ぐらいは経った頃か。でも思い返してみれば確かに小学校に通ってた頃からいつも一緒だったかも知れない。でもあの頃はまだウェルトゥもいたし、色恋沙汰にもさほど興味関心が無かったせいだろうな。


「早くてもせいぜい中学入ってからぐらいかと思ってた」


「てことは、そのぐらいからは私がそういう風に想ってるってことには気付いてたってことだよね?」


 やや目を細め、ジトーっとこちらを睨みつけてくる。


「…まぁ、薄々。そうなのかな~ぐらいには」


「ひどいよ! 気付いてたんならちょっとくらいそれらしい素振り見せてよ! 中学とか高校時代の思春期真っ盛りの頃なんてホントに悩んでたんだからね!?」


 がるるるる、と犬みたいな唸りをあげて更に睨んでくる。


「なんで気付いてくれないんだろうとか、私って女の子として見られてないのかなとか、魅力無いのかなとか!」


「いや、あの頃はオレ部活やら勉強やらに意識向いてたし、もう大分国際情勢もキナ臭くなってきて軍に入ろうかなとか色々考えてた頃だったし…正直自分の中でそっちの方が重要だったっていうか」


「そんなの知らないよ! うぅぅうううう…」


 そう言われてもな…。どう宥めすかしたものかと考えていると、突然「でも、もういいよ」と威嚇が解かれた。


「すんごく遠回りさせられたけど、好きって言ってくれたから…許すよ。でもまったく気付いてなかった頃のはいいとしても、気付いてからの九年間分はきっちり埋め合わせしてもらうからね!」


「埋め合わせって…何させる気だ!?」


「うっさい! とりあえず今すぐぎゅってしろ!」


 そう言ってベッドに腰掛けたまま、上体をこちらに向けて捻り両手を広げ待機する相棒。なんだこれは…なんでこんなこっ恥ずかしい展開になってんだ? だが一時落ち着いてたはずの顔を再び赤くしながらもじっとこちらを再び睨みつけるティクスを納得させるには、ここは従う他無さそうだ。観念して彼女の体を抱き締めてやる。背中に手を回され、体が密着すると羞恥心が一気に増幅されるのを感じる。だがどうやらそれはティクスも同じだったらしく、先程の恨めしい唸りでは無い呻きが耳元で聞こえる。


「やれって言っておいてお前が恥ずかしがるな!」


「しょ、しょうがないでしょ!? だってこれ…すっごくドキドキするんだもん。フィー君こそ…すごくドキドキしてるの、解るよ?」


「んなこと言わなくてもいい! まったく恥ずかしい奴め…」


 それから一瞬の間を置いて、どちらからでもなく二人揃って笑いが零れ出す。


「「ぷ、ぷくく、ふふふふ…」」


 想いを告げたら、今までの関係ではいられなくなる…お互いにそんな不安が心のどこかにあったんだと思う。だが実際蓋を開けてみたらどうだ、何が変わった? 確かにこれから接し方は徐々に変わっていくかも知れないが、オレはオレでこいつはこいつ…何も変わらない。抱き締めたまま、ベッドの上にティクスを寝かせるようにして倒れ込む。短い悲鳴のような声をあげるが、また上機嫌に笑みを浮かべる。


「えへへ、押し倒されちゃった」


 ティユルィックス…妙に発音し辛いこの名前は、「無垢な輝き」を意味する言葉に由来していると出会った頃に聞いた。現在は使われなくなった古い言葉だそうだが、名は体を表すとはよく言ったものだ。どこまでも純粋で飾りの無い笑顔を、いつも恥じらいも無く見せてくる。

 至近距離でこいつの笑顔を見ていたら…なんと表現したらいいか解らないが、きっとこれが愛しいという感情なのだろう。溢れ出てくる衝動のまま、そっと頬を撫でると気持ちよさそうに目を細めて撫でる手に自分の手を重ねてくる。あ~もう畜生、こいつこんなに可愛かったっけか。なんだか吸い寄せられるように勝手に体が動き、唇を重ねる。


「んぅ…」


 抵抗は無い。倒れ込んだ際に一般船員用の物と比べれば幾分マシとはいえ決して広いとは言えないベッドの上に投げ出されていたティクスの両腕が、ゆっくりオレの背中へと回される。愛しい、唯それしか考えられず…そしてそこから生れ出たであろうとても心地よい幸福感に心が満たされていくのを感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る