第142話 帰還航路

 あの時、なんとかきりもみ状態の機体から脱出することには成功したものの、直後にミサイルの直撃を受けて爆散する愛機の破片を至近距離で浴びたせいであちこちに裂傷やら火傷やらたんまりこさえて海面へと叩きつけられた。ソフィが出してくれた救援要請で飛んできた救助隊の連中には生きてるのが信じられんと目を丸くされたっけ。エンジンの部品らしき破片を喰らった顔の右半分には結構大きめの火傷を負っていたせいもあるかも知れない。


「しっかし、まさか愛機に自分の顔をバーベキューされるとはなぁ」


 もう包帯も外され、ケロイド状の痕だけが残る右頬をなぞる。痛みはもう無いがむしろ衛生兵からトイレ以外ベッドから出るなと厳命されていることの方が辛い。退屈は嫌いだ。


「大丈夫よ、最近はそういう火傷痕も結構綺麗に治せるみたいだから」


 時間を見付けては結構な頻度で見舞いに来て話し相手になってくれるカイラスがベッドの横で林檎の皮を剥いている。ヴァルトラオテは飛行可能な状態で帰艦したため、シルヴィと一緒に捜索隊に出たり万が一の時のためにスクランブル待機任務を与えられたりしていた。


「でもま、この火傷痕はこのまま消さないでもいいかもな。ほら、俺のファミリーネームって『烈火ブレイズ』だしよ」


「はぁ? 何バカなこと言ってんの? あんたまさかそれがカッコイイとか思ってんの?」


 眉間に皺を寄せ、冷め切った視線を浴びせてくる。おおぅ、なかなか本調子に戻って来てやがる。救助されて医務室に担ぎ込まれてから一時間ぐらい経った頃だったか、カイラスがパイロットスーツ姿のまますっ飛んできた時にはうっすらと涙目になってたように思う。そうそう、「鬼の目にも涙」って言葉が頭をよぎったのを覚えてるから多分間違いない。それから三日間ぐらいは気持ち悪いぐらい親切で気を遣うもんだから時折バカのひとつでも言ってこいつらしい台詞を聞かないとなんか落ち着かない。


「名誉の負傷ってヤツ?」


「あんたね、ゼルエル失ってついた傷のどこが名誉なのよ!? 大体、私の傍離れてすぐ墜とされるとか…情けないと思いなさいよ! 敵機との空戦で撃墜されたって言うよりあんたが無理させたせいで自爆したようなもんでしょうが!」


 まぁ、そうとも言う。確かにエンジンに異常はあったし、そこでフルスロットルかました直後だったからなぁ。間違いなくあれが不味かったんだろうってのは俺も思う。言われりゃ確かに反省すべきなんだろう。しかしカイラス、お前まったく同じ台詞がこの六日間で実に十回目だぞ気付いてるか?


「いやでもよ、ゼルエル失ったのは俺だけじゃ…」


「隊長と大尉もブリュンヒルデを大破させたって言いたいの? 何あんた、自分とあの二人を同列に考えようとしてるの? 私たち二機でまったく太刀打ち出来なかったあのアトラクナクアにたった一機で立ち向かった結果ああなったのよ? 満身創痍でも無事母艦まで辿り着いた隊長たちとあんたとじゃ全然違うわ!」


 林檎の皮剥きに使っていたナイフの刃が冷たく光る。あれ、なんか背筋がぞくぞくしてきた。やべぇ、完全に本調子戻りやがったかな?


「はぁ、やっぱりあんたにはお灸を据えなきゃいけないわね…」


 おかしい、船は確かに揺れちゃいるが地響きみたいな音が聞こえる気がする。やばい、これはガチなヤツだ!


「い、いや…カイラス? 俺、一応怪我人なんだぜ?」


「ええ、そうね。じゃあこの林檎でも…喰らっとけ恥知らずがぁあああぁあぁああ!!!」


 表情ひとつ変えずに林檎を握り潰せるカイラスが、左手で俺の顎を掴んで無理矢理こじ開けたかと思えば先程皮を剥いた林檎をカットするでもなく形状的には「丸のまま」力一杯口の中に押し込んできた。更には勢いそのまま掌底に切り替え頭をベッドのフレームが歪むほどに押し付け…いや、ベッドへと埋め込まれた。




 格納庫の一角に横たわる一機のゼルエル、ブリュンヒルデ。アトラクナクアとの戦闘でボロボロだったうえに着艦時のハードランディングで修理不可能なくらいに壊れてしまった。多分格納庫へ運び入れる途中で折れたんだろう、既にギアは完全に脱落していて床に突っ伏す姿を見ているともはや飛べるとはこれっぽっちも思えない。アトラクナクアとの交戦データはオルトリンデにも多少は記録されているが、全力機動のデータはブリュンヒルデにしか無かった。しかしそれは、G型装備の運用記録と共に木端微塵。


「いやはや、何度思い返しても愉快でたまらない。これも予定調和なのか? …いいや、まさかね」


 きっとあの御方のことだ、既に情報は耳に入っているだろう。きっと愕然としたに違いない。元々G型装備試験運用データを収集するためのブリュンヒルデでありアラクネシステムだったのだ。一度きりしか無いチャンスでデータを保存したポッドは木端微塵、回収など出来るはずも無い。更にたった一機の戦闘機にあんなバカみたいな重装備を施すなんて真似、そうそう出来るはずがない。戦争も終わった、もはや例の計画も実行の機会を失ったと言っても過言では無いだろう。


「あれ、イーグレット中尉?」


 不意に声を掛けられ、振り向くとパロナール大尉が小さく手を振りながら歩み寄ってくる。


「やあ、大尉。愛機を見に来たのかい?」


「もう飛べないのは解ってるんだけどね。この子が頑張ってくれたから、こうして帰ってくることが出来たんだと思うと…お疲れ様、有難うって言ってあげたくて」


 バンシー隊の頃…いや、厳密に言えば訓練期間を経て任官して最初の配属先であるケルベロス隊にて幼馴染である隊長と再会を果たしてから、ずっと彼女は隊長のパートナーとして戦場を駆け抜けてきた。戦闘機パイロットとしての能力をこの目で見る機会はとうとう無かったが、ケルベロス7を名乗っていた頃の撃墜スコアを見てみれば決して能力は低くない…むしろパイロットとしても優秀の部類に入るのではと思う。


「しかし偵察ポッドを盾にするなんて…よく思い付いたね」


「状況的にもうそれしか選択肢が無かったっていうのが実際のところだけどね。色々特殊な装備を使ったデータとかあったから、失っちゃいけないもののような気もしたけど…死んじゃうよりマシかなって。バルカンでミサイルを撃ち落とすって方法も考えたけど、残弾も少なかったからアトラクナクアへの攻撃分を考えるとリスキー過ぎたし…」


 バルカンで正面から自機目掛けて飛んでくるミサイルを撃ち落とす…だと? しかも口振りから察するに、残弾に余裕があったならやれたと確信しているらしい。まぁ、彼女のことだから深く考えず楽観的に口にしている可能性はあるのだが…。その時、彼女の視線がスッとぼくから外されてぼくの左後方へと向けられる。


「あ、フィーく…どうしたの!?」


 隊長の姿を認識して嬉しそうな表情を浮かべて数瞬、目を見開き驚きの声を上げる。ここまで表情豊かになれるのは…ある意味ぼくにとっては羨ましい。振り返るとぼくたちから約40m離れた場所を一人で歩く隊長の姿。特におかしなところなど見当たらないが、血相変えて駆け寄っていく大尉。


「ねぇ、どうしたの? 死にそうな顔してるよ?」


「…あ~、気にすんな。絶賛自己嫌悪中なだけだ」


 確かに何やら元気では無さそうな隊長の声。会ったからには個人的に一言礼を言っておきたかった気もするけど…隊長もそんな気分では無さそうだし改めよう。隊長の相手は大尉に任せて退散するかな。自室に戻って本でも読むことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る