第120話 負けられない

 さて…そろそろ、潮時ですか。燃料が帰艦に必要分ギリギリだと計器が私に教える。


「この、墜ちろ…墜ちなさいよ!」


 後方のラケシスがしつこく追いまわしてくる。これを片付けないと私も母艦へ近づけない。とりあえず、一番艦隊から近いS4エリアで戦闘してはいても燃料を使い過ぎた。


「あたしは負けられないんだ! あたしは…女神が同じ相手に二度も負けるなんてことになれば姉さんに顔向け出来ないんだよ!」


 ロックオンアラート、ラケシスがミサイルを撃ってくるけどそっちのミサイルの追尾性能はとっくの昔に解析済み。もはや脅威でもなんでもない。むしろバルカンの方が怖いかも知れない。


「……私も同じですよ。あなたなんかに…いいえ、もう誰にも負けられない。この空にはあの人もいる。だから…!」


「あ!?」


 エアブレーキを展開してラケシスとの距離を詰め、フレアを放出…以前隊長にやられた目潰しを、ラケシスに試みる。上手くキャノピーにフレアを直撃させることが出来たかは少し経てば判る。私は操縦桿をいっぱいまで引き上げ、機体を垂直に立たせる。こうすると機体全体がエアブレーキと同じ効果をして若干上昇しつつ機速を急激に下げる。女神たちが得意とする三種類の特殊機動のひとつ、「コブラ」をゼルエルでやったのだ。ラケシスがこちらを追い抜いたのを確認してからすぐ機体を立て直し、追撃する。ラケシスが私の減速に反応出来ていない…それが目くらまし成功の何よりの証拠だ。


「私は、負けられません」


 ミサイルを二発放つ。一発目は主翼に、二発目はエンジンに直撃。ラケシスは炎上しながら降下していく。


「…負ける? このあたしが…? なんで……なんでぇえええぇええぇええええ!!!」


 パイロットはそう絶叫しながらイジェクションシートで脱出した。簡単ですね、簡単です…。あの人に自分の想いを伝えることに比べたら、どんなに簡単でしょう。


「こちらオルトリンデ1、ラケシスを撃墜。一時帰投します」


 誰かのために戦う…掛け替えのない大切な人を護るために、そう思えばなんでも出来る。私はそっと胸に手を当て、隊長のと自分のが一緒になっているドッグタグに意識を向ける。


「あなたがいるこの空で…私は墜ちない。死なない」


 余分な燃料は無い。私はアレクトとの最短距離を算出し、そのコースを辿った。




 突如空を切り裂いた閃光に作戦指揮所があるアレクトCDCは大混乱に陥り、ブリュンヒルデ1から送られてきた解析データにその場にいた全員が戦慄した。


「Eエリアに展開していた航空戦力の78%が消滅! Sエリア展開部隊から…オシーン隊とニアヴ隊をEエリアへ移動させます!」


「荷電粒子砲だと!? ルシフェランザのマッドサイエンティスト共、そんなものを…」


「推定有効射程…1800km!? 超高高度迎撃に使用したのは、この兵器と思われます!」


 作戦開始前にエデンの侵攻予定ルートを飛行していた偵察機カマエル…確かにあれを使えば、遥か上空にいる偵察機を撃ち落とすなんて容易いだろう。ましてエデンは音速突破も出来ない爆撃機、空という壁に貼り付けられた的のようなものだ。

 味方の援護を受けながら対空弾幕の隙間を縫うように着艦し、補給を受けている間もCDCのオペレーターの動揺している様子は変わらない。指揮を執る側も対応を決めかねているのか…。


「…アレクトCDC、こちらグリムゲルテ1。ヴィンスター艦長へ急ぎ繋いでもらいたい」


「グリムゲルテ1、艦長は今敵の荷電粒子砲への対応を検討中だ。貴官は補給が終わり次第発艦せよ」


 このタイミングで声をかけようって言うんだから、その荷電粒子砲に関する内容なんだって察して欲しいが…まぁこんな状況だし、混乱して当然か。


「それは了解している。繋げないのならヴィンスター艦長に伝えて欲しい。『我がグリムゲルテ隊は敵新型砲台への攻撃を敢行したい』、と」


「新型砲台への直接攻撃? グリムゲルテ1、正気か!?」


「策が無いわけじゃない、ただそのためには…。とにかく艦長に進言許可をもらいたい、至急対応願う」


「わ、解った。少し待て!」


 そう言って途切れる通信。この待つしかない時間がもどかしい。さっきの砲撃からまだ第二射は飛んでこない。あれだけ膨大なエネルギーを放出するんだ、戦艦の主砲以上に長いインターバルが必要なはず。だがそうなればこそ一瞬たりと無駄には出来ない。


「ヴィンスターだ。グリムゲルテ1、話を聞こう」


「はっ、有難う御座います。敵砲台が海岸線からも近い原発群の中にあるとはいえ、艦船による砲撃では周辺の民間施設にも重大な被害を及ぼしかねず、放射能汚染は戦後の世界に深く禍根を残す危険があります。航空機によるミサイル攻撃でも結果は変わらないかも知れません。しかし艦砲より目標を正確に攻撃し、周辺への被害を最小限に留める自信はあります。Eエリアに展開中の地上戦力を割くのも位置的に現実的ではありません。よってプラウディア基地制圧部隊の進撃支援を最優先としつつ、あの新兵器を無力化する選択肢は小規模航空部隊よる爆撃以外にありません。そして私の考えた侵攻ルートは…これです」


 コクピット内部にあるキーボードを取出して、CDCのコンピュータに考えたルートのデータを転送する。


「基地上空の…中央突破だと!?」


「それ以外に無いと考えます。例の砲台が先行偵察のカマエルを撃墜した可能性がある以上、上空や洋上からの接近では敵の射角に飛び込む形となるためリスクが高過ぎます。一度敵基地上空へ突入することはこちらの真意をカムフラージュすることにも繋がりましょう。加えて突破に成功すれば基地北方にある峡谷地帯までの脅威はさほど高くありません」


 衛星写真を見るとプラウディア基地を150km北上した辺りから古の川が悠久の時の中で削り取って出来た渓谷が連なる場所がある。そこを抜ければ砲台から西200kmの地点に出られるはずだ。


「だが渓谷は狭い場所では幅が50mも無いぞ、そんなところを抜けようと言うのか?」


 ゼルエルの全幅は18m。数字だけ見れば行けそうに感じるが、爆装して重くなった機体での通過は数字以上に厳しいものになるはずだ。自然地形故のイレギュラーもあるかも知れない。


「それでもやらねばなりません。そしてこの条件で任務を達成出来る可能性が最も高いのはこのグリムゲルテであると愚考します。増速ブースターと携行出来る限りの装備搭載を許可していただければ、私はやってみせます。どうかこの作戦、御一考願います」


 う~ん、と唸り声と共に沈黙する艦長。その間にも周辺に展開している巡洋艦が対艦ミサイルを浴びて沈み、直掩戦闘機隊も敵機の濁流に飲み込まれ…状況は深刻さを増していく。


「解った、君の作戦を採用しよう。グリムゲルテ隊は装備換装が完了次第発進! ガルダ隊に連絡、敵新型砲台への攻撃命令を出せ!」


 ガルダ隊!? 何故そんな言葉が出てきたのか解らず、思わず艦長に問いただす。


「どういうことですか、艦長!? 砲台攻撃は私たちに…」


「攻撃プランは君の作戦を採用したが、それでも第二射までに君たちが目標へ到達出来るとは限らない。ならば第二射は放たれるものと想定するべきだ。…それ以上は、解ってくれるな?」


 つまりガルダ隊を…囮にする、ということ? 砲台へ接近しようとすれば、相手はそちらを先んじて攻撃するだろう。すべてを薙ぎ払う圧倒的な火力で…。


「命令を撤回してください、そんなことをすればガルダ隊が…!」


「こちらガルダ1。やらせてくれよ、グリムゲルテ1」


 CDCとの通信に割って入ってきた声、ガルダ隊は第三艦隊所属の攻撃機部隊でヴァルキューレ隊の初陣にも一緒に参加した。同じ対地攻撃を主任務とする人間として意見交換をしたり、戦場で一緒に飛ぶことも多かったと思う。


「長く飛んできた仲間だ、お前さんの露払いなら俺たち以外にやらせはしない。船乗りにも、空軍の連中にもな。ガルダ1よりHQ、了解した。これより我々は敵砲台の攻撃へ向かう。中隊全機、続け!」


 格納庫で爆弾や対地ロケットランチャー、対地ミサイルなどが機体に取り付けられていく最中も十二機のセイレーンⅡが北上を開始する様子がレーダーに映し出される。解っている。艦長の判断は正しい。優秀な指揮官の判断に情なんて要らない。それも解ってる。なのに…なんだ、この胸を焼く苛立ちは。私は込み上げるフラストレーションを、キャノピーフレームに拳を打ち付けることで誤魔化す。

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