第118話 守護の戦乙女

 さて、今度はどこへ向かおう…。補給を終えて前線へ帰ってきていた私は次の攻撃ポイントを決めかねていた。航空部隊を支援なら要塞の壁に設置されたVLSを、地上部隊の支援ならば敵戦車などを破壊すればいいのだけど…。どちらも同等に重要に思えた。だがさっきヴァルトラオテとシュヴェルトライテが後退すると連絡があった。となるとやはり西にも行かなくては…って、ロスヴァイセ隊はどこにいる!?


「…グリムゲルテ1よりグリムゲルテ3、4へ。あなたたちはS2エリアの地上兵力を攻撃しなさい。グリムゲルテ2は私とW3エリアのVLSを叩く。各機散開、後で会いましょう」


「グリムゲルテ3、了解!」


 結局二手に別れて両方を叩くことにした。二機のセイレーンⅡが編隊から外れ、私は西を目指す。


「あれは?」


 私たちの上空を物凄いスピードで駆け抜けていく二つ…いや、三つの機影が見えた。レーダーを見るとディスプレイの上に名前が浮かび上がっている。オルトリンデ1と2…そしてその後ろを追いかけて行ったのはラケシスだ。そう言えば隊長も現在クロートーと交戦中。私にはおそらく太刀打ち出来ない相手だろう。だが私も元バンシー隊の一員、与えられた仕事は完璧にこなす。


「Wエリアの航空戦力が苦戦してる。急ぐわよ」


 スロットルをフルパワーへ…若干僚機が遅れるが、私に速度を落とす気は無かった。攻撃の後は補給、再度出撃して更に攻撃…私たち攻撃機隊がしっかり支援してやらなければ、空も地上も友軍の将兵は安心して戦えない。私たちの仕事は、私たちにしか出来ない仕事だ。

 やがて目的地上空に到達、ふと地上を見る。やはり苦戦しているようだ。地雷原を挟んで対戦車砲列が敷かれ、至る所にガンタワーと呼ばれる頂上に設置されたガトリング砲などから鉛玉を降らせる巨大な塔が建っている。やはり地上部隊への支援も必要か…。


「グリムゲルテ2、VLS破壊をあなただけで出来る?」


「VLSの位置は確認済みですが…」


「ならVLS破壊はあなたに任せるわ。私はあのガンタワーと対戦車砲列を撃破する」


「了解です。やって見せますよ!」


 僚機と別れ、私は高度を落としてFCSを対地攻撃モードに設定。兵装は中型無誘導爆弾タラニスを選択。HMD上にピパーと呼ばれる着弾予想地点を示す円が現れる。ウェポンベイ開放を確認。


「おい見ろ! 友軍機だ、支援に来てくれたぞ! それにあれは…ヴァルキューレじゃないか!」


 地上にいる友軍兵士たちの声が聞こえる。私はタイミングを誤らないように円の中心に目標を捕らえたのを確認してから投下スイッチを押した。フットペダルを踏み込むと踏んだ方向へ垂直尾翼の方向舵が機体を水平にゆっくり滑らせてくれる。私は連続して合計四個の爆弾を投下した。フットペダルを両方踏み、エアブレーキを開く。すかさず兵装を空対地ミサイル、マタイに切り替える。ガンタワーをロックオン、発射。減速しながら反転して離れる。約二秒後、爆発と轟音がキャノピー越しに伝わってくる。


「対戦車砲列が吹っ飛んだぞ!」


「地雷が誘爆してる。見ろ、ガンタワーも崩落していくぞ!」


「よっしゃ! 戦車隊前へ! 他の部隊にも伝えろ、ヴァルキューレが上にいるってな!」


「了解だ! ヴァルキューレがいれば怖くないぞ。進め!」


 よかった、上手くいったみたい。私は一度高度をとり先程別れた僚機を探した。すると突然防壁の一部が火を噴く。VLSが爆弾で攻撃され、内部のミサイルが誘爆したのだろう。あそこか…。だがそちらへ向かおうとした直後嫌な衝撃が襲った。咄嗟に操縦桿を操作し急旋回。両足の間にあるディスプレイを見ると機体のダメージが表示されていた。左舷垂直尾翼被弾、中破。同じく左舷主翼翼端に被弾、小破。旋回しながら視界を左右に振ると、先程破壊したガンタワーとは別の塔から赤く発光する弾丸がこちらの翼を掠めて飛んでくる。


「高度をとって油断したわ」


 だがこの程度の損傷、戦闘にさほど影響は無い。私は旋回を続け、機首をガンタワーに向ける。ロックオン、ウェポンベイから先程と同じ対地ミサイルが放たれ、ガンタワーに突き刺さる。さっき別れた僚機はどこかとレーダー画面に視線を落とす。駄目だ、敵の反応だらけでとてもじゃないが探せない。視線を左右に走らせた直後、無線に僚機からの叫び声が聞こえてきた。


「ぐああ! こ、こちらグリムゲルテ2! 被弾した、高度が…高度が上がらない!」


 さっき火を噴いていたVLSの周辺に視線を走らせ、そして煙を噴く僚機の姿を見つける。


「グリムゲルテ1より2、友軍の勢力圏まで飛べる? 無理なら今すぐ脱出しなさい!」


「ね、ネガティヴ…! 畜生…ゲホッ、カハッ…! 肺を…やられた!」


「! 駄目よ、諦めないで! 聞こえる? 応答しなさい、グリムゲルテ2!」


 様々な無線が飛び交う戦場で、一人の声を聞き分けるのも難しいが、お互い距離がそれほど遠くなかったのでよく聞こえた。息が荒く、細い…。脱出しても助からないと、私も認識していた。やがて僚機のパイロットは最期に「王国に…栄光あれ!」と叫ぶと、ふらつく機体を必死に操り、VLSの上に墜落させた。


「……ヴァルハラで会いましょう」


 私は炎と黒煙の上がる上空を通過しながら敬礼し、S2エリアへ向かった僚機たちの許へ急ぐ。




 戦闘開始から四時間以上が経っても激戦が続くプラウディア基地から北東におよそ800km、プラウディア地方における消費電力の約六割をまかなえるルシフェランザ最大の原子力発電所群「アンドラス」。


「エネルギー充填率、96%。あと二分で発射可能となります」


「冷却システム、正常に稼働中。送電ケーブルの温度、許容値内です」


 そこに建造されたそれは…まるで大地に突き刺さった剣のようであり、天空へ伸びる塔のようであり…。


「初弾装填、射撃モードに移行!」


 塔を挟む一対の半円状のレールを滑りながら、鈍い音を響かせて巨大な影がゆっくりと傾いていく。基部から八本のケーブルが根のように地を這い、塔を囲む八基の原子力発電所に伸びている。


「エネルギー充填完了。ジェネレーター出力、臨界値へ!」


「照準、方位248。目標、ルシフェランザ基地上空の敵戦闘機群! 被害想定空域から友軍機を下がらせろ!」


 水平近くにまで傾いた塔の頂上部には巨大な穴が口を開けており、次第に雷光のような光が溢れ始める。


「アンドラス制御室よりプラウディア基地、これより砲撃を開始する」


「こちらプラウディア、了解した。友軍機の退避は完了している、砲撃を開始せよ」


「この一撃が我が連邦を覆う暗雲を祓う光明とならんことを…。安全装置解除、トリガー解放!」


「砲身冷却システム、トリガーと連動確認。チャンバー内部の電圧正常、電磁加速システム作動確認!」


「撃ぇぇええぇえっ!!!」


 巨大な砲口から光り輝く砲弾…いや、物体は射出されず、光だけが吐き出された。光を吐き出し終えた直後、砲身各所の放熱板が起き上がって大量の白煙が噴き出す。一直線に基地上空へ飛び出していった光は触れた物すべてを薙ぎ払い、後には何も残さなかった。

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