第107話 時間は待ってくれず

 そんなこんながありつつ、現在に至る…と。


「お前、あん時聞いてたんだろ? ファルとオレの会話」


「え、あ、うん…。別に立ち聞きしようと思って聞いちゃったんじゃないよ!?」


 やっぱりか。まぁそれ以外にあのタイミングであそこまで錯乱状態になる原因も思いつかんしな。


「んなこたわぁってるよ。そんな趣味を持ち合わせてるほどお前は変態じゃない…と信じる」


「それ、喜んでいいのかな…?」


「どう受け取るかはお前の判断だ、好きにしろ。ああ、先に謝っておくが…今お前の不安を消せるような台詞は持ち合わせてないからな?」


 まだ答えは出せていない。ファルの気持ちは素直に嬉しいし、日頃から頼らせてもらってる分その想いに答えてやりたいって気持ちは正直ある。とはいえティクスのあの取り乱し様を見てしまったら、選択次第ではどんな末路が待っているやら…まったく、なんだってこんなことに。


「そうだろうと思った。まったく、おかげで最近すっごく情緒不安定だよ。寝てる時間も増えた気がするし…」


「おいおい、それが全部オレのせいか!?」


「フィー君が優柔不断なせいだよ」


 好き勝手言ってくれやがる。だがその声色は若干いつもの調子に戻りつつあった。時間が経って精神的にも回復してきたか? …いや、今朝だってそれほど元気じゃなかったんだ。オレを心配させまいと無理矢理元気を装おうとしているに過ぎない。とは言え、ようやくポジティヴな方向に向いた心に水を差すのは得策じゃないな。


「あ~はいはい、悪かったな。こういう状況にゃ慣れてないんだ、ヘタレ野郎と笑いたきゃ笑え」


「アーッハッハー」


 抑揚の無い棒読みで笑ってみせるティクス。うっわ~、こいつマジでぶっ殺してやりてぇ。


「お前な…」


「うん、ごめん、調子乗った」


 …やけに素直だな。もうちょい苛めてやろうかと思ってたんだが、そんな風に謝られては次の一手が出せない。


「それと…もうひとつ、ごめん」


「なんだなんだ? お前がそんなしおらしいと…不気味だぜ?」


「う~、ひどいなぁ…。私はただ…最近の作戦、ずっと足引っ張ってばっかだったから…」


 一応申し訳ない気持ちはあったのか。それがまたストレスになって症状が悪化しないことを祈らずにはいられないが…。


「そう思うんなら、どこかで区切りつけて目の前のことに集中してくれ。器用になれねぇなんて言ってたって、それで敵が手ぇ抜いてくれるわけじゃないんだからな」


「…うん、そうだね」


 それからまたしばし沈黙。これ以上、この話を続けるのも嫌だな。


「もういいだろ。回線戻すぞ」


 そういやソフィ、静かだな。受信は可にしてたから、向こうから何かあれば声が聞こえてきてもいいんだが…。音声通信回線の送受信を部隊内の範囲で可に切り替える。


「しっかしこの辺りの制空権はうちが掌握しているとはいえ静かなもんだな。これじゃ護衛も要らなかったかも知れないな、ヘルムヴィーケ」


 さすがにちょっとわざとらしかったか。心の中で舌打ちしつつソフィからの返事を待つ…が、五秒待って返事が来ない。どうしたんだ? 後席のティクスがキャノピー越しに左後方にいるヘルムヴィーケをしばらくじっと見つめてこう呟いた。


「…寝てる」


「はぁ!?」


「いや、まさか…でも、あれ絶対寝てる」


 …まぁ、敵機の反応でもあれば警報鳴らすしオートパイロットだからすること無いけどさ。それでいいのか、護衛機! なんかこっちでシリアス話してたのがバカらしく思えて溜息が口から飛び出す。


「やれやれだぜ…」


 結局ケルツァーク基地上空に到着するまでに敵機との遭遇戦は無く、戦時下とは思えない静かな空をこれまた戦時下とは思えない長閑な雰囲気で飛んでこれてしまった。さて、こっからはかったるい作戦会議…か。




「これが最新型の…『マステマ』」


 最終決戦となるだろうプラウディア基地の格納庫に搬入されてきた最新鋭機「マステマ」。これまで蓄積されてきたハッツティオールシューネのデータをベースにして高性能を維持しつつ、量産化に成功した制空戦闘機。ベルゼバブシリーズとは根っこから違う、まったくの新機軸の機体だ。

 カナード翼・主翼・尾翼の3サーフェイススタイルと前進翼が生み出す旋回性能はフォーリアンロザリオ軍のミカエルシリーズをも凌駕すると技術屋は鼻息を荒くしていた。


「待望の新型ね、これで最後に大暴れ出来るかしら」


 クロエが資料に目を通しながらそう呟く。ここまで追い込まれてから新型配備とか…。


「ふざけんな、遅過ぎるんだよ。こいつがもっと早く実戦配備になってりゃ、エースの奴は死ななかった…」


「バージル…」


 開戦直後からフォーリアンロザリオの戦闘機と比べルシフェランザの機体は、常に0.5世代分ぐらい遅れをとっていた。それがこれでようやく五分以上に戦えるようになるのなら、これほど嬉しいことは無い。だが何故もっと早く配備出来なかったのか…という怒りは抑えようが無い。


「それは…今更言ってもどうにもならないわよ」


「解ってるさ、ただの愚痴だ。オレたちはこいつで、絶対にヴァルキューレを叩き墜とす。そうでもしなけりゃ、先に逝った連中に申し訳が立たねぇからな」


 全部隊に配備するのは間に合わなかったらしいが、なんとかうちのレギオン隊とクロエのいるカルニヴィアン隊にも配備が決定している。機種転換訓練を受けている暇は無く、実戦の中で慣れるしかない。だが構うものか。ハッツティオールシューネを撃墜したパイロットだろうがなんだろうが、戦友の仇討ちだ。絶対に負けるわけにはいかない。


「そうね、絶対に勝ちましょう!」


「ああ!」


 苦汁なら嫌と言うほど舐めてきた。前線から送られてくる戦闘記録はノイズだらけでほとんど価値の無い代物だったが、それらを徹底的に見直してヴァルキューレの動きだって研究した。やってやる、運命の三女神だけが貴様らの脅威だと思うなよ。南の空を睨むと、自然と右拳に力が入るのを感じた。




 オペレーション・ラグナロク、その内容は発信源不明の噂で流布されていた通りの総力戦だ。首都と国境外縁に最低限の守備戦力は残すものの、ほぼ全戦力をプラウディアに叩き込むらしい。最初聞いた時は冗談にしか聞こえなかったが、そうでもしないと戦力を温存してきたであろうルシフェランザ軍に対抗するだけの戦力を集められなかったんだろう。


「…ティクス、今回の作戦どう思う?」


「一言で言うなら、『最悪』…だと思う」


 やっぱりそう思うか。そりゃそうだ、不安要素が多過ぎる。不安要素その一、軍令部がアテにしていたエデンだったが今回出撃は無さそうだということ。先行偵察のためエデンの侵攻予定ルートを飛行していた偵察機カマエルが撃墜されたらしい。それもプラウディア基地上空へ到達する直前に、突然空中で姿を消した。

 新型の高高度迎撃用ミサイルとの見方も出たが、それならロックオンアラートも鳴るだろうしパイロットだって情報を残すはずだ。しかしそうした情報は何も残されていない。つまり遥か上空を飛行している航空機を一瞬で蒸発させられる『何か』がある…だからそれが判明し、無力化出来るまでは虎の子であるエデンは発進させられないということだった。

 加えて不安要素その二、結果的に勝ち進んできたとはいえこれまでの戦闘で失い過ぎた戦力補充に訓練期間を短縮された若年兵が全体の二割を占めるらしいということ。三女神なんかと交戦したらものの数分で全滅しかねない奴らもお偉方は戦力に数えている事実、今感じているこのテンションの下がりようは「絶望」以外の表現が思い付かん。

 更に不安要素その三、今回オレたちヴァルキューレ隊各機にはそれぞれ三機の随伴機が与えられ、第32臨時特別大隊として作戦に参加せよとの命令だった。つまりオレたちは九機でひとつの部隊としてではなく、九つの小隊として戦うことになる。実際作戦概要説明で「ブリュンヒルデ隊」は第二波攻撃隊、「ヴァルトラオテ隊」と「シュヴェルトライテ隊」は第一波攻撃隊…そんな話があった。

 おまけに今回の作戦のために軍がかき集めた燃料や弾薬、人員その他諸々は残存備蓄の八割だそうだ。作戦が成功して敵の戦意をへし折ることが出来ればよし、それが果たせずルシフェランザにもし多少なりと戦力が残されていれば…王国の敗北は不可避となるだろう。それにプラウディアに集結した戦力以外の別働隊がいた場合、その二割が本国を防衛することになるが…出来るのか?


「泥仕合になるな、確実に…」


「うん、きっと…ね」

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