第105話 古巣へ

 高高度大型爆撃機「エデン」と新型空対地ミサイル「グングニル」の攻撃はその後も続き、フォーリアンロザリオ全軍の進撃を劇的に早めた。ファウルハイトに続きグリーダースにも飽和攻撃を敢行。軍事施設も民間施設も見境なく、街ひとつを一瞬にして焦土と化してみせた。陽動作戦として第三艦隊もこの時グリーダース地方の空で戦闘を行っていたが、彼方に立ち上る火柱は「神の雷」…いや、この世の終わりを連想させるものだった。

 だがグリーダースにいた敵戦力は予想を遥かに下回り、ルシフェランザ軍はこちらが攻め込む準備に時間をかけている間にプラウディア基地へ残存する全戦力を集結させた、との見方が強まった。偵察衛星の映像にもまるで蟻の行列のように連なって円形の基地施設に雪崩れ込んでいくトレーラーや輸送機の群れが確認出来たほどだ。

 これに対してフォーリアンロザリオ軍も陸・海・空それぞれ首都周辺に駐留している最低限の守備隊を除いた全戦力を投入する総力戦を計画しているらしい。要するに正面から堂々とぶつかり合ってのガチンコバトルってことだ。安全な場所から命令だけ出してるお偉方の考えってのはどうしていつもこう…現場を考えないくそったれなのか。溜息なんて吐いたところで何が変わるわけじゃないが、それでも吐き出さずにはいられない。しかもその作戦会議に出てくれなんて言われたもんだから、懐かしのケルツァーク基地に行くことになった。


「それじゃ留守中の指揮は任せるぞ、カイラス」


「はっ、お任せください!」


 飛行甲板にワイヤーで固定された愛機のウェポンベイに格納されたミサイルがしっかり取り付けられているか、安全ピンが外されているか確認しながら聞く部下の頼もしい返事にいくらか気分がよくなる。


「ソフィも気を付けてな。道中、隊長の御守りよろしく」


「心得ています。ですが敵機と遭遇した場合、どちらが守られる側か…解りませんけどね」


 こちらは少し自信なさげだが、彼女だってここんとこの戦闘でかなり成長しているのを知っている。カイラス並みとまではいかないまでもゼルエルの性能を充分引き出せていると思う。


「隊長、お気を付けて」


 ファルが心配そうに見つめてくるが、ルシフェランザ南方の制海権・制空権はほとんどこちらが握っているようなものなんだし遭遇戦は無いと思っていいだろう。


「正直気は進まないけどな、作戦会議なんてかったりぃ…。どうせこっちに発言権なんざ無ぇんだしよ」


「フィー君、あんまりそういうこと言ってるとまた面倒くさいことになるよ? さっさと行こ?」


「わぁってるって。面倒なのはちゃっちゃと済ませるに限るぜ」


 既に後席に収まっている相棒に促され、コクピットへ体を滑り込ませる。機体を固定していたワイヤーが外され、見送りが艦橋脇まで離れたのを見てエンジン始動、艦首側のカタパルトに接続される。操縦系が正常動作しているのを確認してから、アフターバーナーを点火。


「第一カタパルト及び第三カタパルト、圧力正常。方位、気圧、風向きすべてクリア。行ってこい」


「ブリュンヒルデ、発艦する!」


「ヘルムヴィーケ、発進します」


 蒸気が立ち上る100m足らずのレールの上を押し出され、海上へと放り出される。ギアを格納し、南へ進路を取りながら二機のゼルエルが翼を並べて上昇していく。


「レーダーは今のところクリア、周囲に敵影は無しだよ」


 しばらく飛んでたら背後から相棒が報告をくれた。陸から敵の哨戒機とかが飛んで来てもブリュンヒルデのセンサーなら敵より先に察知出来るだろうし、海面にわずかでも船舶の影や不自然な変化があれば即座に警報を鳴らしてくれる。今のところそうした反応は無い。


「ヘルムヴィーケ、見張りはこっちの担当だ。何かあったら知らせるから、オートパイロットで優雅に遊覧飛行と行こうぜ。操縦系をこっちと同調させろ」


「え、よろしいのですか? 作戦行動中ですが…」


「ケルツァーク基地の座標は登録済みだし、目的地に設定しておけば嫌でも着く。こいつの探知能力は折り紙付きだ、問題ない」


「それもそうですね、了解しました。フライトコントロール、ブリュンヒルデに同調します」


 こっちも手元のコンソールを動かして自動操縦に切り替え、飛行ルートのゴールをケルツァークに設定する。入力が終了すると操縦桿とペダルが勝手に動き出し、巡航速度を維持しながら機体のバランスを保持してくれる。…と言っても狭いコクピット内では足を組んだりなんて出来るわけはなく、結局同じ姿勢のままやることも無く自由になった両手を伸ばしてストレッチするぐらいしか出来ないんだがな。

 ふとキャノピー越しに右下へ視線を向ける。今日は雲も少なく、海面もよく見えた。ぼんやりと自然の景色を眺めていると、ふとピピッという短い電子音がオレを呼んだ。目の前のバイザーに投影されている画面に「CALL」の文字が明滅している。相手は…ティクス? 通信関係の設定を変更してヘルムヴィーケからの音声通信回線を一時的に受信のみに設定する。


「どうした? 何かトラブルか?」


 そんなわけは無いと知りながら問う。機体コンディションはオールグリーン、レーダーにも反応は無い。しかし呼んでおいて答えてやったら無言って…新手のいたずらか? そんな考えを、オレは自ら打ち消した。


「…言いたいことは、まぁなんとなく察しが付く。気にすんなってあの時も言ったはずだが?」


 オープンチャンネルだとソフィにも会話が聞こえてしまう。彼女には聞いて欲しくない内容だから、わざわざ秘匿回線を使った。


「そこまで…器用になれないよ、私」


 酸素マスク内部に取り付けられたマイクを通しているせいで、ぼそぼそと小さい声が余計に聞き取りづらい。まるで叱責を受ける子供みたいな声だ。


「だからってオレまで巻き込むな、こっちのテンションまで下がるじゃねぇか」


「でも…!」


 語気を強め否定の接続詞を口にしても、その後が続かない。そしてまたしばし沈黙。やれやれ…。

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