第96話 強襲

 ルストレチャリィでの戦闘から約一週間、南方戦線での戦況は芳しくない。敵の航空戦力の新型配備が予想を上回るスピードで進められ、防衛線の制空権を奪われつつあるのが現状だ。ベルゼバブシリーズが名機だということは俺だって解ってる。ただ、こうも性能差が開き過ぎるとあまりいい気はしない。新型の制式採用が決まったって話も聞こえてくるが、それが前線にまで行き届くのはいつの日か…。


「マンティコアリーダーよりCP、応答願う」


 先頭を行く隊長の声が無線回線に響く。ふと後方やや下に目をやれば、四基の二重反転プロペラによってその巨体を浮かばせる輸送機が三機、ルシフェランザ空軍のLu‐C53「マモン」だ。今日はあれに積まれた補給物資を前線基地の近くまで運ぶ輸送任務。本来であれば着陸して荷を下ろすところだが、今向かっているグラトーニアの防衛線はここ数日敵からの攻撃に曝されている地域に一番近い。安全を考え、前線基地に近い場所まで運んだら空中からパラシュートで投下される。


「こちらCP、どうぞ」


「現在Bポイントを通過、間もなく投下ポイントに到着する」


「CP、了解。時間通りだな、助かるぜ。今日も小競り合いが続いてるんでな、弾はいくらでも要る」


「戦闘中なのか? そう言えば衛星とのリンクが正常に機能していないらしいんだが、情報をもらえるか?」


 その会話を聞きながらレーダーを広域モードへと切り替えてみても、やはり近くで戦闘が行われているような様子は見られない。


「了解。ここから400km南で現在地上戦力同士が撃ち合ってる。ただ敵からの砲撃や投入された戦力などの状況から推測するに、こちらの戦力を計るための威力偵察だろう。まだ攻め込んでくる気は無さそうだ。航空機による空爆も無い。攻撃ヘリが数機飛び回ってるが、さっきベルゼバブが二個小隊増援に飛んでいったからすぐ片付くはずさ」


「そうか、有難う。マンティコアリーダーより中隊各機、進路そのまま。輸送機隊は積み荷の投下準備を…」


 その時だ、突然警報が鳴ると同時にレーダーに反応が現れたのは…。


「! こちらマンティコア2、レーダーに感あり! 二時方向上空より熱源、急速に近づく!」


「なっ!?」


 直後、輸送機隊の最後尾にいた機が頭上より降ってきたミサイルに貫かれ爆発した。


「敵機だ! 各機エレメント単位で散開、輸送機を護れ!」


「畜生、一体どうやってここまで潜り込みやがった!? 第二小隊、迎え撃つぞ!」


 僚機の了解の返事と共にスロットルレバーを押し出しながら垂直上昇、機影は見えないがミサイルの飛んできた方向からして敵機は上空にいるはずだ。


「マンティコアリーダーよりCP、敵だ! カヴァルシュテ3が喰われた、増援を乞う!」


「こち…CP。マンティコ…リーダ…、ノイズ…酷…て聞…取れな…。繰…返せ!」


 なんだ? さっきまで普通に話せていたはずなのに、CPの返事がノイズに邪魔されている?


「マンティコアリーダーよりCP、エンゲージ・ディフェンシヴ! 敵の攻撃を受け、カヴァルシュテ3が撃墜された! 至急増援を乞う!」


「! 見えた!」


 HUDの向こうに敵の機影が見え、瞬く間にすれ違う。すれ違い様に相手を肉眼で追い、機種と数を確認。


敵機視認バンデット・インサイト、ヴァーチャーじゃない…ミカエルでも無いぞ!?」


「敵の数は六…いや、七機! その後ろにもう二機見える!」


 数を確認した僚機の言葉を聞いた瞬間、脳裏についこの間戦友から聞いた敵の新型についての話を思い出す。


『第二小隊は九機いたその新型二機に一瞬で蹴散らされたし…ホント、悪夢だったぜ』


 九機編成なんて半端な数の部隊がそういくつもあるなんて考えられない。…とすれば、こいつらがバージルの言っていた連中か!?


「マンティコア2よりマンティコアリーダー! こいつら、レギオン隊の報告にあった連中です!」


「フォーリアンロザリオの…対運命の三女神部隊ってヤツか? なんだってこんなところに!?」


 そうこうしているうちにも、僚機が次々に蹴散らされていく。それはまさにうちの三女神が敵部隊を蹂躙していく様の再現だった。


「くそ、カヴァルシュテ! 今すぐ積み荷を投下しろ、抱いたまま墜ちるよりはいい!」


「りょうか…うわっ!」


 また一機、輸送機が炎に包まれて爆散する。くそ、バージルの言ってた通りだ。化け物みたいに速い。


「マンティコア6、主翼をやられた。コントロール不能! 脱出する!」


「ケツにつかれてるぞ、回避しろ!」


「マンティコア8がやられ…ちぃ、11もだ!」


 みんな陣形は組んでいる。アタッカーとバックアップに分かれ、位置関係で即座に前衛と後衛を切り替え敵の動きに対応している。いつもと同じ…いや、相手のレベルが高いせいかいつも以上の動きだと思う。…なのに、まったく歯が立たない。九機いるが、実質戦闘に絡んでいるのは四機だけ…それなのに、美しいぐらい鮮やかに仲間が殺されていく。


「CP! 応答せよ、CP!? くそ、グラトーニアコントロール! 応答せよ!!!」


「ダメです、基地司令部も応答ありません! 前線基地との通信も…うわぁっ!?」


 その時、隊長機の援護についていたマンティコア4に敵のミサイルが突き刺さる。その爆炎の向こうに荷物を投下するたった一機残った輸送機が見え、その背後に迫ろうとする敵が見える。


「やらせるかよ。マンティコア9、カヴァルシュテ2を護るぞ! カバーしろ!」


 僚機からの了解の返事と共に旋回して機首を敵機に向け、アフターバーナー点火。最大加速で敵機を追いかける。操縦桿に取り付けられた兵装切替スイッチを操作してFCSに中射程空対空ミサイル「エキドナ」の発射準備を指示すると、ミサイルシーカーがHUDを現れて敵機を追う。とりあえず物資の投下を邪魔させるわけにはいかない。ロックオンと同時に発射ボタンを押し込むと、主翼下のパイロンからミサイルが切り離される。


「マンティコア2、フォックス…」


「マンティコア9より2! 後方に敵二機、狙われてるぞ!」


 ミサイルは既に切り離したが、僚機の警告に視線を後ろへと投げる。マンティコア9のバルカン砲による妨害などまるで意に介さず、弾丸の隙間をすり抜けてすぐ後方に迫っていた。


「抜かれた!? マンティコア2、ブレイクしろ!」


 僚機はそう叫んだが、俺は直感的に悟っていた。もう回避は間に合わない…。直後に敵機の主翼の付け根から発砲炎が煌めき、まるでシェイカーの中に放り込まれたような振動と機体を打ち付ける不快な音にコクピットが満たされる。


「うわぁあぁぁあああああっ!」


 機体コンディションを表示するディスプレイは真っ赤に染まり、「DANGER」の文字が明滅する。揺れが収まった直後、無意識に右へ向けた視界にたった今俺を撃ったであろう敵機を捉える。はは、人間死ぬ間際になると時間がゆっくりになるってマジだったのか? 敵の尾翼に描かれたエンブレムがはっきりと見えた気がした。


「…ヴァル、キューレ?」


 羽飾りのついた兜をかぶった女の絵…。神話に登場し、戦場で英雄となる者の命を天界へと誘う戦乙女。けたたましく警報が鳴り響く中、そのエンブレムが瞼に焼き付いた。機体が再び激しく揺れる。撃ち抜かれた胴体が炎を上げて燃え始めた。脱出レバーに手を伸ばそうとして、そこで初めて自分の右腕が肩から分離していることに気付く。なんだ、視界が真っ赤だったのはこいつのせいでもあるのか…。


「ちくしょ…。一足先に…逝ってるぜ、バージル……」


 耳元で脱出しろと叫ぶ僚機の声もおぼろげになった直後、コクピットを包んだ炎の熱さえ感じず意識は暗闇の中へ沈んでいった。

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