第95話 焦がれ、待つ

 ――それで、例の件ですが…。

 ――遅れているのでしょう?

 ――申し訳ありません、御期待に沿えず…。

 ――良いのです。無理を強いているのは私の方、あなたの責ではありません。

 ――しかし、遅れを生じてしまっているのはわたくしどもの力不足によるもの…お詫びの言葉も御座いません。

 ――力添えしてくださっている皆さんの尽力には感謝しております。また、連絡してください。

 ――畏まりました、ファリエル様。すべては貴女様の御心のままに…。




 レギオン隊のガンカメラに記録されていた映像をもらい、その中に映された敵の新型に視線が釘付けになる。


『馬鹿、レギオン5! もう間に合わないぞ!』


『レギオン6よりレギオンリーダー、敵の新型に喰いつかれた! 振り切れない!』


『なんだこいつら、速過ぎて捕捉出来な…うぁああっ!』


 敵のジャミングのせいなのか、録音状態は悪いが傍受した敵の無線などにも耳を澄ませ、意識を集中させる。


『グッキル、オ…トリン…。なん…、バ…シー隊……よ…動きがいい…ゃないか』


『ありが…うござ……す、でも…ま…まだ行きますよ』


 聞き覚えのある声、まさか…という推測は確信に変わる。こちらのベルゼバブをこれほど一方的に弄び、エンヴィオーネで戦った時とは比べ物にならないスピードだ。だが確かに「バンシー隊」という言葉が聞こえたし、それに返事したこの声にもうっすらと聞き覚えがある。


「く、くく…」


 攻撃の精度や反応速度、旋回性能も加速性能も…見れば見るほど、他の敵機とは格が違う。その圧倒的な戦い方にあたしは口元から零れる笑みを堪えられない。


「あははははっ! いいねぇ、いいよ! 最高だね、最高に楽しませてくれそうな獲物じゃない! あはは、ベルゼバブが虫けら同然だ。きゃはははははっ!」


「あなたね、一応その虫けらちゃんはうちの軍のお仲間なんだからね?」


「関係ないね、力の無い奴から死んでいく…それが戦場のルールなんだから。死ぬ連中は遅かれ早かれ死ぬのさ。それにしても…きひひひ、いいねぇ。久々にぞくぞくするじゃん!」


 画面に食い入ってしまう。ここんとこ出撃もなく退屈で死にそうだったもんだから、こんなに胸躍るニュースは他に無い。


「お姉さま? 何やら楽しそうな声が聞こえて参りましたけれど、如何されたのですか?」


 部屋のドアが開き、いつもの着物姿でミコトが入ってきた。


「どうしたもこうしたも…あいつらが帰ってきやがったよ、あのバンシー隊が! しかも超高性能な最新鋭機を引っ提げてさぁ!」


「バンシー隊…って、フィリル様が!?」


 あ、そういやこいつはあの隊長にお熱だったっけか。あたしは咄嗟に傍受した音声記録を流してやろうと端末を操作する。


「あ、ちょ、ダメ!!」


 レイ姉さんの制止する声で我に返ったが時既に遅し、さっきも聞いた『グッキル、オ…トリン…。なん…、バ…シー隊……よ…動きがいい…ゃないか』という雑音混じりの隊長さんの声が再生される。


「きゃぁぁあああぁぁああぁぁぁぁぁああぁあぁああああああっ!!!」


 やっちまった…。耳を劈く黄色い悲鳴、今の今まで纏っていた「おしとやか」なイメージは一瞬で吹き飛び、潤んだその瞳は「乙女らしさ」よりも「イカれた雌」って表現した方がしっくりくる。うん、解ってるよ。後悔してるし反省もしてる。だから眼だけでめっちゃ怒るのやめてくれない? お願いだよレイ姉さん。


「ま、間違いありませんわ。本当に…フィリル様、あのエンヴィオーネを生還されていたのですね。よかった、本当によかった…。そしてまた戦場に舞い戻ってこられるなんて、傷付いたであろう心と体を押して戦友と御國のために…ああ、その気高き御心を感じますわ」


 あたしにゃこんなノイズ混じりの音声聞いただけでそこまで妄想膨らますなんて不可能だけど…マズったなぁ、完全にスイッチ入っちゃったよ。一緒に飛ぶ身としてげんなりしちゃう時間突入だよ。両手で高潮する頬を押さえながらふらふらとパソコンに近づき、画面に映し出される敵の動きに、一段と恍惚とした表情を浮かべる。


「嗚呼、嗚呼…フィリル様、お待ち申し上げておりますわ。再び貴方様と戦場でお逢い出来る日を…」


 あ~も~付き合ってらんね。自分で蒔いた種? 知らないね。あたしは席をミコトに譲って部屋の中央付近に置かれたソファーに腰を下ろす。


「あんたねぇ…」


「悪かった、迂闊だったよ」


 我ながら浮かれ過ぎだ、呆れるね。さっきまで高揚してた気分も急降下、溜息が出る。


「でもま、私もその気持ち解らないではないからね。ここ最近いいニュース無いのは確かだし、私たちと戦いらしい戦いが出来たのはバンシー隊ぐらいなもの。そんな彼らと再び戦うチャンスが来る…あなたの性格上、浮かれるなって言う方が無理な話よね」


「うう、なんか最後の部分棘がある言い方だな…」


 やっぱし怒ってる。右手の指先だけを額に当てて渋い顔してるレイ姉さん、だがやはり姉さんにとっても少なからずいいニュースであることは事実らしい。エンヴィオーネ戦以来、各地で一進一退の膠着状態が続く中バンシー隊の噂はパタリと聞かなくなった。彼らに代わるようなエースの情報もちらほらあるにはあったが、運命の三女神にお呼びがかかることは無かったってことは大したことないってことで…とにかくあたしらは三人揃って暇を持て余していた。


「でも本心よ、あなたの気持ちは共感出来る。私ももう一度戦ってみたかったもの。あの隊長さん…いえ、あの部隊との戦いは楽しかったものね。私たちとあそこまで渡り合い、楽しませてくれたパイロットに高性能な最新鋭機が与えられた…次はもっと楽しめそうね」


 そう言って微笑むレイ姉さんの眼には狩人のような鋭さがあり、ぞくっと背筋に冷たいものが走る。


「わ、わくわくするね」


「ええ、そうね…。本当に楽しみだわ」


 レイ姉さんに与えられた上級士官用の豪勢なデスク、その傍らにあるキャスターの付いた椅子に腰かけて窓の外に見える空へ視線を投げるレイ姉さん。まるで思い人に想いを馳せているかのようなその姿に、ふとあたしは自分の愛機の様子でも見てこようと思い立って部屋を出る。


 廊下を歩きながらさっき見たレギオン隊との戦闘映像を思い返す。ガンカメラに相手の姿が映るのは一瞬だが、その後の動きからおおよその状況は想像出来る。脳内で繰り広げられる空中戦、逃げ惑うもまったく歯が立たず蹂躙されていく友軍機…そこを駆け抜ける敵の新型、生まれ変わったバンシー。そう言えばさっきの音声データで、隊長さんの声に返事をしていたあの声は…。


『ありが…うござ……す、でも…ま…まだ行きます』


 記憶を辿るとふっと閃いた。ああ、あの時殺し損ねた奴だ。あいつもまだ前線にいたのか。これはいい。


「くふふふ、そっかぁ…あいつもいるのか。今度こそ撃ち落としてやろう、狙った獲物を逃して気持ち悪かったしねぇ」


 ならラケシスの整備をしっかりやっておいて、いつか相見えるその時に備えるとしよう。エンヴィオーネじゃ思わぬ邪魔が入ったが、あんなことが二度も起きるものか。次こそ墜とす…あたしはそう心に決め、愛機が翼を休めている格納庫へと向かった。

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