第94話 交戦報告

 ルシフェランザ連邦最大の要塞都市プラウディア。中央司令部のあるケリオシア基地と比べても、この基地の持つ役割は大きい。ケリオシアは司令塔としての意味合いが強く、実質的な戦力はほぼこのプラウディアに集められている。周囲を30mの城壁で覆われたその外観は、まさしく「要塞」そのものだ。

 その基地内に設けられた滑走路にベルゼバブ戦闘機が次々と着陸してくる。北方の拠点、ルストレチャリィの救援に向かっていたレギオン隊だ。着陸した機体は滑走路脇のシャッターをくぐってシェルター状の格納庫へと運ばれる。


「今回は残念だったわね、バージル」


 悔しそうな表情を浮かべながら愛機を降りる戦友に声をかける。所属部隊こそ違うが彼とは旧知の仲だ。レギオン隊の一番機パイロット、バージル・イリア大尉。


「クロエか。なんだよ、負け犬を嗤いに来たのか?」


 ガスみたいな球状の靄にいくつもの顔が様々な表情で張り付いた怨霊のエンブレム、ここを発つ時に見送った数と戻ってきた数とでは明らかな差があった。


「まさか。レギオン隊がこれだけ手痛くやられているんだもの、敵にも相当な手練れがいたんでしょ? それとも最近よく聞く新型でもいた?」


 レギオン…「軍団」を意味するその名が示す通り、統率のとれた連携攻撃に定評があるルシフェランザ空軍の中でも精鋭と名高い部隊だ。


「その両方だ。南方戦線でヴァーチャー系やセイレーン系とは違う新型が混じっている程度の交戦報告は聞いてたが、今回戦った部隊は全機新型で揃えてきやがった。しかもその中にゃ、今までの報告には無かったタイプもいてな…。あの動き、まるで三女神みたいだったぜ」


「三女神レベルの敵機ってこと? いや、まさかそんな…本当だったら笑えないんだけど」


 ベルゼバブ型は何度も改修を重ね、六度目のモデルチェンジ後である現在のF型でようやくヴァーチャーⅡと互角以上の戦いが出来るようになったというのに…。間もなく七度目の改修が行われたG型が配備される予定もあるが、ハッツティオールシューネと同レベルの機体性能とそれを操るパイロットが敵に現れたとなれば前線の戦況は更に厳しいものとなることは必至だ。


「冗談でこんなこと言うもんかよ。ルストレチャリィには十分といなかったのに、終わってみりゃ半分喰われた。第二小隊は九機いたその新型二機に一瞬で蹴散らされたし…ホント、悪夢だったぜ」


 たった二機で四機を瞬殺? 圧倒的じゃない。その光景を想像し、背筋にぞくりと寒気が走る。


「それ、マジかよ…」


 青褪めた顔で立ち尽くしていたのは、エスディア・ミズガルズ中尉。私たちはエースと呼ぶ彼もまた別部隊の戦友だ。私たち三人はパイロット養成所の同期で教官相手に嫌と言うほど苦汁を舐め合った仲。別々の部隊に配属されても同じ基地にいればよく一緒にいるし、そう簡単に絆というものは薄れないのだということを教えてくれる。


「よぅ、エース。残念ながらマジ話だ。あの新型と遭遇しちまったら…まぁ逃げた方が賢明じゃねぇかな」


「ハッツティオールシューネ級の敵機なんて、確かに考えたくも無いわね。あ、でもエースは気に病むこと無いんじゃない? あなたの部隊、確か主任務が補給部隊の護衛になるんでしょ?」


 私の発言に、エースが語気を強める。


「クロエ、お前の言葉はたま~にホンットムカつくんだが…。お前らが前線でそんな相手と戦ってる時に、補給物資積んだ輸送機と遊覧飛行なんてくそったれな任務やってられっかよ! 俺だって…!」


「んなムキになるなよ、エース。クロエだってそこまで考えて言ったわけじゃないだろ。それに輸送機の護衛も立派な任務じゃないか、前線にいる仲間だって弾が無きゃ戦えん。軍は組織だ、やるべき人間がそれぞれにやるべきことをやる…それでいいじゃないか」


 彼の肩に手を回し、茶化すように笑うバージルの言葉に少しずつ落ち着きを取り戻すエース。そうか、立場が逆ならば私も同じように感じただろう。


「バージル…」


「それにオレにゃ護衛任務は無理だしな、敵機を追いかけるのに必死で護衛対象にまで気が回らん。お前らマンティコア隊に白羽の矢が立ったのは、お前んとこと一緒に飛んでった部隊の生還率が高いからだろ? しっかり護ってやれよ」


「敵の新型だって九機しかいないんでしょ? 二個小隊しかいないんなら遭遇率も低いでしょうし、仮に遭遇してもあなたならそう簡単に死んだりしないわよ」


 バージルは僚機を半分失ったが帰ってきた。そしてそこで得た情報がある。同じ相手に二度も後れをとりはしない。


「…ち、解ったよ。死ぬんじゃないぞ、二人とも」


「ま、上に今回のこと報告するついでに特務隊にも掛け合ってもらうさ。あの化け物を相手にするには三女神をベースにシミュレートしないと役に立たなさそうだしな」


 バージルがそう言いながら格納庫を出ようとしたところに、「今の話、詳しく聞かせてもらえないかしら?」と特務隊の士官服に身を包んだ女性が近寄ってくる。


「ハッツティオールシューネに匹敵する新型と、私たちに匹敵するパイロットなんでしょ? 興味あるわね」


 彼女たちの操る機体と同じ…真っ赤な長髪を頭の後ろで結いあげたその女性士官こそ、ルシフェランザ空軍の切り札である運命の三女神隊の隊長…。


「レイシャス・ウィンスレット特務少佐!?」


 慌てて三人とも敬礼する。だけど彼女は微苦笑して右手をひらひらと振った。


「やめてってそういうの、時間の無駄だわ。それより私の質問に答えてくれる? あなたが見た敵機のこと」


「は、はい!」


 バージルがさっき私たちに話した時よりもより詳細まで報告するのを、横で聞いていた。敵機のエンブレム、コールサイン、機体の形状や戦闘中に見せた機動まで…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る