第87話 前衛突破
星の瞬く早朝の空、陽の光はまだ遠い。ぽつぽつと点在する綿雲の脇をすり抜け、鋼鉄の翼は鋭い風切り音とジェットエンジンの咆哮を響かせる。
「ブリュンヒルデより各リーダー、敵防空圏に侵入。遭遇戦に備えろ、マスターアーム・オン」
「シルフ1、了解」
「エリロン1、了解」
「ピクト1、了解だ。…にしても、ヴァルキューレは九機編成じゃなかったか? 一機足りないようだが…」
やはり急遽決めた変更だったからか、他の部隊には伝わっていないらしかった。
「オルトリンデは今回予備機だ、情報収集タイプなんて一機いれば充分だからな」
今回出撃は無いだろうが、一応コクピットで待機しておくようには言っておいた。この無線もアレクトの格納庫で聞いているはずだ。八機のゼルエルと三十六機のローレライが目標のルストレチャリィ基地を目指して飛行していると電子音がコクピットに響く。
「レーダーコンタクト、十一時方向より急速接近中。距離180km、高度15000にボギー四機…ちょっと待って。二時方向、距離200km、高度3000にもう四機。ボギー八機!」
後席のティクスがレーダーから読み取った情報を周りの僚機に伝える。敵は二個小隊、別々の方向からということは、やはり基地周辺で哨戒任務に就いていた部隊のうち近いところにいたのが二つ来たのだろう。
「ブリュンヒルデより全機、ヴァルキューレは二時方向の敵を叩く。シルフとエリロンで正面の敵を、ピクトは目標を目指し前進。哨戒部隊はまだ来るはずだ、さっさと片付けて敵増援に備えろ!」
「「「了解!」」」
「ブリュンヒルデよりヴァルキューレ隊各機、聞け。まだ前哨戦だ、こんなところで無駄弾撃つなよ? ヴァルトラオテとシュヴェルトライテ、お前らは切込隊長なんだ。空戦特化型の実力を見せてもらうぞ。ゲルヒルデは前衛二機を援護、ヘルムヴィーケとジークルーネはグリムゲルテとロスヴァイセの護衛につけ。この四機はピクトと共に前進、目標周辺の敵航空戦力と地上火器の漸減を優先しろ」
部下たちから了解の返事が飛んでくる。ただ、その中でカイラスが「しかしそれでは…」と言葉を濁した。
「隊長の援護機には誰が…?」
その心配を彼女がしたことには少なからず意外に感じた。命令に従い、己に課された任務をこなすことだけを第一にしていた彼女がオレの命令に疑問を口にした。だが彼女の心配は杞憂だろう。たとえパイロットの生命を脅かそうとも自機の安全確保を最優先する、それはアラクネシステムの最優先事項としてプログラムされているとティクスが言っていた。いざとなれば機体のコントロールを奪われて人体の限界を超えた機動で回避と帰還を果たすなんて、よく考えたらクソ仕様だな。
「心配するな、病院帰りとはいえ心強いサポートがある。それにポジションがどうあれ相互援護は基本だろ? 頼りにしてるぜ」
「…はっ、了解しました」
「ゲルヒルデ、敵部隊との距離1000でECMカット。対地攻撃とその直掩組は進路そのまま、ピクト隊と共に目標を目指せ。それ以外は敵機の迎撃に向かう、全機続け!」
増槽を切り離すと、主翼の端から細く鋭い雲をリボンのようにたなびかせて接近中の敵部隊を目指し降下する。
アレクトの格納庫は第二波攻撃隊の出撃準備で整備兵やパイロットたちが慌ただしく走り回っている。そんな中で私は、出撃の無いオルトリンデのコクピットに座っている。外部電源で計器類は動いているため、前線での無線はヘルメットのスピーカーから聞こえてくる。
「どういうことだ、レーダーの反応が急に増えたぞ!?」
「敵のECMか? 畜生、こっちのECCMは何をやっていたんだ!」
「ゴブリンリーダーよりHQ、敵は少数の偵察部隊に非ず! ボギー四十機…いや、四十四だ!」
敵機のものだろう声が聞こえてきた。ブリュンヒルデのセンサーが傍受し、それを母艦がリアルタイムで観測しているため、前線の状況はこのオルトリンデでも知ることが出来る。
「なんだこいつら、どいつもこいつも見たことの無い機体ばかりだぞ!」
「南方戦線で報告のあった新型機か? だがこれだけの規模で遭遇した報告は来ていないぞ、試験配備段階じゃなかったのか!?」
「ゴブリン3、ブレイクしろ。後ろに回り込まれるぞ!」
「くそ、速過ぎる! 振り切れ…うわぁああっ!」
第一波攻撃隊が遭遇した敵哨戒部隊を蹴散らすのにそう時間は要らなかった。次々と敵の輝点が消えていき、八機が五分とかからず叩き落された。だが相手はベルゼバブ、性能も数もこちらが優位な条件だし新型ECMを用いた奇襲攻撃を行ったのだからこれぐらいは当然か。
「ブリュンヒルデより全機、まさか墜とされちゃいないよな? このまま往くぞ!」
「ピクト1よりHQ、目標視認! 繰り返す、目標視認! ピクト各機はエレメント単位で散開して敵機の数を減らせ。ブレイク!」
「グリムゲルテよりブリュンヒルデ、先行して滑走路の機能を奪いに向かいます。ロスヴァイセ、ついてこい!」
ブリュンヒルデのセンサーから送られてくるデータを見ていると、ほんの数日前まで病院にいたはずの隊長の機動が以前にも増して鋭く早くなっているように感じた。ブランクなんて微塵も感じさせない。その「強さ」は一体どこから来るのか…。一度は死にも等しい状況に追い込まれ、奇跡的に生還したにも関わらず怯むこと無く戦地へと向かっていける勇気…その根源となるものはなんなのか。きっとそれこそが今の私に必要なものであり、昨夜隊長が言っていた「私も知っているはずの忘れていること」なのだろう。
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