第84話 再会

 艦内放送で呼集され、八人のパイロットがブリーフィングルームに集まっている。馴染みの顔もいれば、この艦に来て初めて顔を合わせたメンバーもいる。


「バンシー隊のメンバーがここまで集まってるんだし、やっぱし隊長はフィリル大尉なのか?」


 アトゥレイ中尉の提供する話題はここのところこればかりだ。カイラス中尉もいい加減面倒になってきているらしく、「そうだといいわね」ぐらいしか答えない。


「でもエンヴィオーネで撃墜された時、重傷を負って即刻本国へ後送されたと聞きました。怪我の度合いは知りませんが、そう簡単に復帰出来るものなのでしょうか?」


 ケルベロス隊の頃に一緒だったというソフィ・フレイヤ少尉が会話に参加する。


「バンシー1ペアを救出して後送したのはこの艦隊の陸戦部隊だったらしい。話を聞いた限りじゃ、とても前線復帰出来るような怪我ではなかったそうだけど…ここ数年でフォーリアンロザリオの医療技術は革新を続けてるからね。ぼくは隊長が大尉でも驚かないよ」


「そうね、結構急に異動が決まったし…隊長の怪我の完治を待っていたのかも。シルヴィはどう思う?」


 メルル少尉に声をかけられ、少し考えた後「隊長がフィリル大尉であろうとなかろうと、安心してついていける上官であることを祈るだけです」とだけ答える。


「ま、それはそうだけど…」


 何か言いたげにこちらを見つめるカイラス中尉の視線を避けるように目を伏せる。本国でテストパイロットの任を解かれて間もなく前線へ復帰したが、気持ちは晴れないままだ。何故ここに自分がいるのか、ただ周囲から言われるがままその時その時の状況に流されている。戦場を翔る自信など無い。ゼルエルなど…今の私には宝の持ち腐れだ。そんなマイナス思考がずっと渦巻いている。

 自己嫌悪の最中、ドアが開いてヴィンスター艦長と下士官が部屋に入ってくる。カイラス中尉の号令で全員が起立、敬礼する。


「楽にしたまえ。…さて、出航してからこうして集まってもらったのは初めてだったか。諸君らは我が第三艦隊所属の艦載航空隊として行動を共にしてもらうこととなる。九機のゼルエルはそれぞれ神話に登場する戦乙女の名を与えられ、それぞれ乗る者に合わせた調整が施されている。全軍を見渡してみても、一人の兵士に専用の武器を与えるなどという例は稀であり、諸君らに対する期待の表れであると理解して欲しい。偵察型、電子戦型、空戦特化型、対地攻撃型…これら特性の違う機体をひとつの部隊に集めるというケースも非常に稀だが、主戦場がルシフェランザ大陸へと移行した今、戦況に合わせ即時展開可能でありながら任務内容を選ばない汎用性、運命の三女神に匹敵する戦力を併せ持つジョーカーを持つ…それが軍令部の意向である。諸君らの帰りを待つ国民と、共に戦うすべての将兵の期待に応えてみせてくれ」


 艦長の言葉に、全員が「サー、イエッサー!」と了解の意を伝える。


「よろしい。では、先程到着した諸君らを率いる隊長とその副官を紹介しよう。入ってきてくれ」


 艦長と准尉が入ってきたのと同じドアをくぐって入ってきたのは、耐Gスーツに身を包んだままの…あの二人だった。


「元バンシー隊のメンバーは『久し振り』、その他は『初めまして』か? この部隊の指揮を預かる、フィリル・F・マグナード少佐だ。各戦線から選び抜かれたエースである諸君らと共に飛べることを誇りに思う」


「同じく、ティユルィックス・パロナール大尉です。よろしく」


 その時、私は呼吸すら忘れて二人の姿を見つめていた。バンシー隊のメンバーがここまで揃っていたのだし、アトゥレイ中尉やイーグレット中尉も言っていたようにある程度予想されたことではあった。でも…こうして目の当たりにすると、様々な感情が一気に溢れ出してきて思考が停止する。


「では、後は頼む。私はブリッジに戻る」


 そう言って退室する艦長を敬礼で見送る隊長と大尉。ドアが閉まるとほぼ時を同じくして、ふぅっと大袈裟な安堵の溜息を吐く隊長。


「いやはや…なんか緊張するよな、上官同伴だとさ」


 確かに心なしか張り詰めた空気が満ちていたように思う。その証拠にこの一言でかなり場の空気が変わった。


「いよ~う、隊長じゃねぇか! 久し振りだな、またあんたの下で戦えるのか!」


 アトゥレイ中尉が真っ先に以前と同じ調子で隊長に駆け寄る。


「よ、アトゥレイ。まだ生きてたか、悪運の強い奴だ」


「当ったり前よ! この俺がそうそう簡単に墜とされるかってんだ」


「お前の場合、空ならまだ安全だろう? なぁ、カイラス?」


 相変わらず体感温度を下げるレベルの怒気と殺気を放つカイラス中尉はアトゥレイ中尉の背後でオーラが見えそうなぐらい蓄えた右拳の力を緩める。…ていうか、なんであの気配にアトゥレイ中尉は毎度毎度気付けないんだろう。


「ゼルエルって一番機以外はみんな単座なんだろ? 戦力の低下は極力避けたいんだが…」


「し、しかし…アトゥレイの態度は上官に対するものとして不適切かと思われます」


「確かにオレは上官でお前らは部下だけどさ、戦友だろ? もう少し肩の力抜いていこうぜ、堅苦しいのは苦手なんだ」


 そう言いながらカイラス中尉の肩にポンと手を置く隊長。からかうように微笑むアトゥレイ中尉をカイラス中尉もしばらく睨みつけていたが、騒がしいイベントが発生することは無さそうだ。


「あっれ~、ソフィ! 久し振りだね、ケルベロス隊以来だよね?」


「お久し振りです、また『ケルベロスの二本牙』とご一緒出来るなんて光栄です」


 ティクス大尉が駆け寄ったのはソフィ少尉。隊長も気付いて挨拶を交わす。フレイヤ家は本国のケセド地方に古くからある名家だ。上品な物腰や言葉遣いは、なるほど名家の令嬢らしい。そんなお嬢様が何故こんな場所にいるのか…本国でゼルエルのテストパイロットをしていた頃にテレビに映る彼女の父親を見ていなければ解らなかっただろう。

 結局、名家であろうと戦争にちゃんと参加して国に協力していますよというアピールなのだ。令嬢であろうと戦場に身を置き、危険な任務に従事している。だから徴兵にも積極的に協力して欲しい、と国は国民に訴える。プロパガンダのために利用されている…にも関わらず、彼女は軍人としての自分を誇らしく思っているとか…。


「ここまでバンシーが揃っていて、隊長たちが来ないとも思っていなかったけど…また一緒に飛べるのは嬉しい。改めてよろしく頼むよ」


「おお、イーグレット! あ、さりげなく昇進してるんだな。お前は電子戦型のゲルヒルデだっけか?」


「あはは、なんだかイメージぴったりだよね」


 笑うティクス大尉に隊長が「お前、それ褒めてるのか?」と怪訝そうな顔をすると、わたわたと両手を動かしながら「も、もちろん褒めてるんだよ? 気を悪くしないでね?」と必死に訴える。


「解っているよ。しっかりみんなの隠れ蓑になって、サポートしてみせるさ」


「期待してる。あ、メルルも久し振りだな」


「はい、今度私が搭乗するのは対地攻撃タイプですから本領発揮と言えるよう精進します」


 バンシー隊解散後、メルル少尉はサラマンダー攻撃機のパイロットとして対地攻撃任務に参加していたらしい。足の遅いサラマンダーからゼルエルに乗り換えたら、確かに世界が変わるだろう。乗り方も変わってくるけど、彼女ならばそれほど問題にならないに違いない。


「それから、と…君は初めましてか」


「はい、フェイ・アンジェラルト少尉であります! あたいもみんなの足さ引っ張らんやう頑張るます!」


「……ああ、よろしく頼む」


 彼女は別の海軍航空隊からこの部隊にやってきたパイロットだ。フォーリアンロザリオ本国ではなく、その傘下であるイクスリオテ公国出身らしく独特の訛りがある。コミュニケーションに支障があるほどではないが、少し違和感は禁じえない。


「やっほ~、隊長さん。ボクはディソール、ディソール・ネイティス少尉。よろしくね! 少佐みたいなカッコイイ上官に指揮を執ってもらえるなんて、こっちの士気も上がるってもんだよ」


 嫌味なくらい明るい声、確か彼も海軍航空隊から転属してきた人間だ。道化師みたいに派手な格好を好み、髪を染めていたりと私はあまり近寄りたくない人種だ。彼の元いた部隊には変な噂もあるし…。


「そいつは光栄だな、まぁよろしく頼む。せいぜい生き残ってくれよ。…そして」


 ティクス大尉がソフィ少尉と思い出話やケルベロス隊の現状などを話しているのを後目に、私の方を振り向いた隊長と目が合った。


「久し振りだな、ファル。エンヴィオーネの後は本国でテストパイロットをしてたんだって? 見舞いに来てくれたノヴァ司令が教えてくれたよ。色々と辛いこともあったが、またこうして一緒に飛べるのは嬉しいことだ。また背中を預けてもいいか?」


「え、あ…あの、私は…」


 言おうかとも思った。パイロットとしての自信は既に失ってしまったと、もうあなたの背中を護れる自信など無いと…。でも私は結局何も言えないまま、ただ隊長の空色の双眸を見つめ返すことしか出来なかった。隊長の左目に違和感を覚えたのはその時だ。隊長も私の視線に気付いたらしく、「ああ、これか?」と左目に手をやる。


「クロートーの吐き出したクラスター爆弾の破片にやられてな、今は義眼が入ってる」


 不便だがもう慣れたよ、と笑う隊長の声は優しい温もりに満ち、私の心を癒すと同時に深く切り裂いた。この傷は私のせいだと責めてくれたら、なじってくれたなら…その方が楽だったかも知れない。


「まぁいい、今日はこれくらいにしよう。参加する作戦内容が明らかになればまた声をかけるから、それまでは休んでよし。愛機の調整に向かうもよし、シミュレーターで動きを確認するもよしだ。解散!」


 隊長の号令と共にバラバラと各自が部屋を出て行く。全員が出て行くのを見送った後、私は格納庫へ向かった。


 隊長機であるブリュンヒルデと同じ偵察型ゼルエル、単座仕様の二番機「オルトリンデ」。私に与えられた機体だ。この物言わぬ翼を通して自分自身に問いかける。何故転属命令を受け入れ、今この艦に乗っているのか。命令を告げられた時、胸の内を明かして空から離れることも出来たはず…なのに私はこうして空母に乗り込み、戦場へ向かっている。戦う意思すら持たぬ私を主にされてしまったこの翼は、きっと泣いているに違いない。このまま惰性で飛ぶのか…そして次は誰を失うのだろう?

 結局渡すべき相手に渡せもせず、肌身離さず持ち歩いているチサトのドッグタグを握り締め、自分の情けなさを悔いた。


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