第83話 第三艦隊

「まさか、本当に辿り着けるとはな…」


 アラクネシステムの誘導に従って飛んだだけで大海原に円形の布陣で浮かぶ第三艦隊を簡単に見つけることが出来た。一体どんな手品なんだか…軍の監視衛星にでもアクセスしたのか?


「これなら増槽無くても辿り着けたぐらいだね。さすが最新型の戦闘補助AI、高性能だよ」


「便利は人を堕落させるけどな。…こちら第32特別飛行隊所属、ブリュンヒルデ。第三艦隊合流の任を受け、たった今到着した。指示を乞う」


「こちら空母アレクト。ブリュンヒルデ、待っていたぞ。艦長より着艦の許可は出ている。一度ギアダウンした状態でフライパスした後にアプローチに入れ、他のヴァルキューレもこの艦で休んでもらっている」


 なるほど、そういう手順があるわけね。艦隊の外周を旋回しながらエンジン出力を下げるとスピードも緩やかに落ちていく。復讐の三女神の名前を与えられた空母アレクト、メガエラ、ティスホーン。アレクトは真ん中に浮かび、やや速力を落として航行している。ランディングギアを下げ、着艦モードになったのを確認して空母の上空を右舷側から通過し、左旋回で艦後方に回り込む。その時、甲板からヘリが一機飛び立った。万が一着艦に失敗した場合に備えるためだろう。なんか悔しいが無理も無いか、こちとら着艦なんて初心者だしな。

 ペダルを踏み込み、ヨーイングで軌道修正しようにも海風に翻弄されて着艦用アングルドデッキを上手く正面に捕らえられない。それでも艦との距離はどんどん近づいてしまう。どうしたものかと思っていると、再び電子音が呼んだ。


<Could you give me control?>


 アラクネシステムがコントロールを寄越せと言ってきている。オレだってエースと呼ばれるパイロットという意識があるため、言ってしまえばオートパイロットなんかに頼るのは屈辱なのだが…ここで意固地になって失敗するよりはいいか。実際、有難い申し出でもある。溜息と共にプライドを少しだけ吐き出す。


「OK, you have control.」


 そう言った途端、「I have control.」という表示と同時に機体がピタリと理想的なコースに収まった。こいつ、可愛くねぇの。

 機首を上げるタイミングも速度調節も完璧だ。機体の一番後ろに取り付けられたアレスティングフックが甲板に設置されたアレスティングワイヤーを掴み、油圧で引っ張ることで機速を強制的にゼロにする。普通の基地に下りる時とは別物の衝撃が体を襲ったが、本当にたかだか200m程度の甲板に戦闘機が降り立てたことに驚きだ。いや、当然と言えば当然なのだが…いつもオレたちが使ってた滑走路の10分の1だぞ?

 アラクネシステムがエンジンをアイドリングモードに切り替え、キャノピーを開けるとカラフルなジャケットを羽織った甲板クルーたちが駆け寄ってくる。


「最初は危なっかしく見えたが、上手いもんじゃねぇか。第三艦隊へようこそ。歓迎するぜ、兄弟!」


 そりゃそうだろう、途中からコントロールを機械任せにしたからな。差し出された手を掴み、コクピットから甲板へと降りる。改めて見ると、やはり空母はでかい。3000mあるケルツァーク基地の滑走路に比べれば300mそこそこの全長しかないので小さいはずなのだが、ここが海の上でこいつが一隻の艦であるという事実が大きく感じさせる。しかも確か数十ノットで動いてたはずだが、揺れをまったく感じないのも不思議だ。


「フィリル・F・マグナード少佐とティユルィックス・パロナール大尉ですね?」


 ヘルメットなどの装備を外しながらのそのそと出てくるティクスを待っていると、一人の眼鏡をかけた下士官が近寄ってきた。襟元の階級章を見て、准尉だと解る。


「艦長が航海ブリッジにてお待ちです、参りましょう」


 背後で機体が甲板脇にあるエレベーターへ運ばれていくのを後目に、右舷側に聳え立つ艦橋へ歩き出す准尉の後を追って足を進める。ここがしばらくの間、新しい根城になるわけだ。弾薬や物資の補給とかは補給艦と海上で合流して行うらしいし、もしかしたら長いこと陸に上がることは無いのかもな…。




 身に着けていた装備をロッカールームに置いてからフロアごとに折り返し、果てしなく続いているようにさえ感じる階段を延々と上っていく。これ、慣れるまでは結構体力使うかもなぁ…。あ、でも私たちが艦橋に上るなんてことはそうそうあるもんじゃないか。そんなことを考えながら先を行くフィー君の後に続いて一段一段踏み外さないよう気を付けて上っていく。やや息が切れてきたぐらいのタイミングで、ようやく三層から成る艦橋の真ん中…航海ブリッジに到着した。


「失礼します。フィリル・F・マグナード少佐とティユルィックス・パロナール大尉をお連れしました」


 准尉の声が静かな艦橋に響く。するとそれまで大海原を望む窓ガラスに向かっていた中年をやや過ぎたぐらいの男性がゆっくりと振り向く。金色の海軍章が輝く白い軍帽に濃紺のコート、襟の階級章は彼が准将であることを示していた。踵を打ち鳴らして姿勢を整え、敬礼しながら名乗るとあちらも柔和な表情で名乗ってくれた。


「ようこそ、遠路はるばるご苦労だった。第三艦隊を預かる、ホルンスト・ヴィンスターだ。人手不足で艦隊の提督とこの艦の艦長を兼務している」


 どことなくノヴァ司令と似た雰囲気に、少しだけ緊張がほぐれる。


「准尉、ヴァルキューレ隊の隊員には…」


「既に連絡済みです。総員、現在は第三ブリーフィングルームにて待機しています」


 では行こうか、とブリッジを出て階段を下りていく。え、今上ってきた階段を今度は下りるの? 軍人だから理不尽には慣れてるけど、疲れるのは嫌だなぁ…。艦って微妙に揺れるし、階段狭いんだもん。聞こえないようにそっと溜息を吐くと、「仕方ない、仕方ない」と心の中で呟いて階段を下りる。


「バンシー隊の隊長機ペアだそうだが、エンヴィオーネで負傷して後送されたにも関わらず退院後すぐに前線へ復帰とは…我が軍の人手不足も極まれりと言ったところか。空軍のエースを海軍へ引き抜かねばならんとはな。あの運命の三女神と交戦し、任務を完遂して生還…腕は確かなようだから、海軍としては嬉しい限りだがね」


 階段を下りながら艦長が話しかけてきた。


「ミカエルが生かしてくれた、自分はそう考えます」


 フィー君の冷静な答えに私も同意する。確かにその通りだよね。ミカエルであの結果だったんだから、ヴァーチャーⅡなんかで相手したら確実に瞬殺されてたよ。でも撃墜された後も生き残れたのはフィー君のおかげだと思うんだけどな。携行武器だけで歩兵分隊をほぼ一人で蹴散らしちゃったわけだし…。


「君たちも、か。元バンシー隊の面々はそう口を揃えるのだな、もう少し誇ってもいいだろうに…」


「部下をご存知なので?」


「もちろん知っているとも。そもそもヴァルキューレ隊は元バンシー隊のメンバーに更にエースを加えて編成された部隊だ。大隊規模の部隊ですら手玉に取る三女神を相手にたった五機で手傷を与え、生還を果たした部隊など他にありはしない。諸君らは紛れも無く、王国最強の航空戦隊と言えるだろう」


 そこまで言われるとさすがに照れる。どう返事すべきか困りながら、とりあえず礼を述べるとフィー君がさりげなく話題を切り替える。


「それにしても、今回受領したゼルエル…あれに搭載されているAIは素晴らしいですね。空に上がった直後には第三艦隊の正確な現在位置を探知してました」


「アラクネシステム、だったか…。あれはすべてのゼルエルに搭載されているわけではない、隊長機にのみ試験的に実装された新システムだそうだ。詳しくは私も知らされていないが…戦闘補助AIというカテゴリにおさまるような代物ではないようだ。敵味方問わず、その戦域におけるあらゆる情報を収集して自らの糧にするようプログラムされているとか…。擬似人格を有し、学習し続けるAI…行く行くは無人戦闘機の実用化にも通ずるそうだ」


 無人戦闘機は進化を続ける戦闘機の性能が人間の限界を超えるようになってから頻繁に研究され、実験機も数多く開発されたけど未だ実用化に至らない分野だ。ただ飛ばすだけや迎撃機のいない空での対地攻撃程度なら出来るけど、空中戦をさせようとするとプログラムが複雑になるとかって聞いたことがあった。


「つまり、今回有人機に載せたのは…AIに私たちの戦い方を学習させるため?」


「だろうな。優秀なパイロットをひとつの部隊に集め、その戦い方をアラクネシステムに学習させる。その後で収集したデータを基にプログラムを改善し、最終的には無人機に搭載することで戦場で失われる生命を減らす…建前としてはそんなところだろう」


 無人機開発のコンセプトは昔から変わらない、誰だって死にたくないし死なせたくないだけだ。パイロットがやってることと同等以上のことが無人機で出来れば、きっと誰も死なない戦争ってのも夢物語じゃなくなるかも知れない。それが本当にいいことなのかは別として…。とりあえず軍事産業は大儲けだね、叩かれそう。


「なるほど、危険な目に遭う人間が減るのはいいことだと思いますが…リストラされるパイロットも多そうですね」


「少なくとも君たちが心配することではないさ、傷痍退役もさせなかったほど軍から必要とされている人材だ」


 嬉しいような嬉しくないような…。そんな話をしているとブリーフィングルームが並ぶエリアに着いた。呼ぶまで部屋の外で待つよう言われ、艦長と准尉が先に部屋に入っていった。

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