第81話 青き盾の戦乙女

 退院の翌日、王都フィンヴァラ近郊にある海軍航空隊基地パルスクートに出頭する。基地の事務部で名乗ると「話は伺っています、格納庫へご案内しますのでこちらにどうぞ」と基地内を移動するのに使う車両に乗せられた。格納庫へ向けて走り始めると、滑走路脇の駐機スペースに見慣れない機体が並んでいることに気付く。


「新型か? セイレーンっぽい機体も見えるが…」


「はい、バンシー隊が持ち帰った敵戦闘機のデータを基に新たに開発された次期主力戦闘機です。単発の軽戦闘機がF‐113N『ローレライ』。新開発の大出力エンジン『テンペスト‐ⅩⅥ』を搭載しており、加速性と機動性を両立させた傑作機ですよ。デルタ翼の双発タイプはセイレーンを対地・対艦攻撃に特化させた改修機、FA‐110『セイレーンⅡ』。従来機よりも翼面積と兵装搭載能力を高め、大型のカナード翼で機動性も向上しています。次期主力を担うこの二機種は最新の改修を施されたベルゼバブやリヴァイアサンをも圧倒出来る性能を実現しています。そして…」


 車は基地内に並ぶ格納庫のひとつの前で停まり、降りるよう促される。巨大な格納庫の電動扉が開くと、中には一機だけ…どこか見覚えのある機体が翼を休めていた。


「これって…ゼルエル?」


 ティクスの呟きに、第一印象に見覚えがあった理由に気付く。確かにエンヴィオーネでファルが操縦したゼルエルによく似ている。細かな部分で若干違うような気もするが、基本的なデザインは同じように思えた。


「全部で九機が製造されたゼルエルシリーズのうち、こちらの一番機は最新鋭情報収集装置を搭載した戦闘偵察タイプとなっており、バンシー隊に配備されたミカエルのコンセプトを受け継いだ正統な後継機です。同型機はもう一機存在しますが、縦列複座式コクピットを採用しているのは指揮官機であるこの機体のみとなっています」


 二基のエンジンを離して配置したデザインは、空軍での運用を想定していた名残だろうか。そのせいでどちらかと言えばヴァーチャーシリーズやミカエルといった空軍機に近い印象を受ける。海軍機のセイレーンシリーズは二基のエンジンを機体後部中央に並べて配置してあるため全体的にスリムで流線形のデザインが特徴だ。

 エンジンを離して配置するのは被弾時に二基が同時に機能停止に陥る事態を防ぐため、逆に隣接して配置するのはエンジントラブルなどで片方が停止してしまった際に推力の偏りを最小限に抑えるために考えられた方式である。ただしミサイルが進化した現代ではエンジンが片方だけダウンするというケースは稀になりつつあることから、単純に空母に搭載するためスペースに余裕の無い海軍では、なるべく機体をコンパクトにしたいという現場からの要望を満たすためにエンジンを機体中央に配置するスタイルが多く採られている。


「このゼルエルのために開発された高出力エンジン『テンペスト‐ⅩⅤ』を搭載しており、アフターバーナーを点火しなくとも音速突破が可能で、正面方向に対してのみではありますがステルス性能も持ち合わせております。ミカエルをあらゆる面で上回るよう開発された機体、正真正銘運命の三女神を撃墜するための機体です」


 撃墜…簡単に言ってくれるぜ。思わず苦笑いが零れる。機体の性能が上がったからって簡単に勝てる相手じゃない。たとえゼルエルがハッツティオールシューネと同等の性能を持っていたとしても、運命の三女神と戦って勝てるかはまったくの別問題だ。

 改めて機体を眺める。クリップドデルタ翼と呼ばれる後退翼は海軍機にしては大きく、主翼の先端は水平から75度の角度で下方向へ折れ曲がっている。垂直尾翼は外側に15度、水平尾翼も下に20度傾いている。後部へ突き出た二基のエンジンユニットもそのままだ。ただコクピットのすぐ後ろ、機首の付け根にカナード翼が増設されている。3サーフェイスと呼ばれる翼配置で、高い旋回性を実現するためにと研究されている話は聞いたことがあった。

 ウェポンベイは左右の吸気口脇に短射程空対空ミサイル用が一ヶ所ずつ、機体中央にメインが一ヶ所。左右のエンジンユニットに挟まれる形でセンサーユニットが抱きかかえられていた。ふと垂直尾翼に目をやると、既にエンブレムが描かれている。十字の柄にスラリと伸びた刀身が美しい剣と、耳元に純白の羽飾りをつけた中世の兜をかぶった女性の絵。


「あれ、機首の絵と微妙に違うね?」


 ティクスがコクピットの側面と垂直尾翼とを交互に見やる。そう言えば機首にもこんな絵が描かれてたっけ。


「尾翼に描かれたエンブレムが第32特別飛行隊の部隊章、機首のエンブレムはお二人に与えられたパーソナルエンブレムです。部隊名はヴァルキューレ隊と既に決定しており、一番機を操縦するお二人のコールサインはブリュンヒルデです」


 前回のバンシー隊は自分たちで名前からエンブレムデザインまで任されたが、またあの時みたいに悩まないで済むのは嬉しいニュースだ。そしてその説明を受けてから改めてエンブレムを見ると、なるほど…確かにヴァルキューレだ。コクピット脇に描かれたエンブレムは巨大な盾を携え、凛とした青い鎧を纏う戦乙女の立ち姿が描かれている。


「ま、空中をかっ飛ぶ戦闘機にゃあまり意味の無い絵かも知れんが…パーソナルエンブレムがあるってことは、他の機体にもそれぞれに違ったコールサインがあるのか? 番号じゃなくて?」


「はい、ヴァルキューレ隊の所属機にはそれぞれに異なるコールサインが与えられています。一番機のブリュンヒルデの他、オルトリンデ、ゲルヒルデ、ヴァルトラオテ、シュヴェルトライテ、ヘルムヴィーケ、ジークルーネ、グリムゲルテ、ロスヴァイセとなります。長く我々を苦しめてきた運命の三女神を打ち破るべく編成される部隊ですから、その期待を込めてエンブレムデザインは女王陛下自らが筆を取られたとか…」


 女王陛下という単語が出てきたことには少なからず動揺した。フォーリアンロザリオ王国の統治者にして史上最高の能力者、ルティナ女王陛下。能力者というのは平たく言えば霊能者や巫女など特殊能力を持つ人のことだ。古くから政治の中心にはそうした能力者の存在が大きく、常人では知ることの出来ない未来を視るような能力を持つ者は特に優遇され、国宝級の扱いで大切に保護されたとか…。

 ルティナ女王陛下もまたそうした能力を持つとされる人の一人。盲目のためその双眸は常に固く閉じられているが、健常者以上に身の周りの物事に対して敏感に反応し、未来のことも占えるとされている。女王と呼ばれるようになってかなり経つが、遺伝子の異常に起因しているとかいう奇病のために容姿はまるで少女のようだった。

 とはいえ、いかに歴史的に能力者に対する信仰が厚いと言っても政治が占い任せなどという危ういものであるわけもなく、最終決定権は女王陛下にあっても政治の主体は民間人から選出された政府が行っている。


「はは、そいつは光栄なことだ。…さて、この機体は確かに受領した。こいつで第三艦隊へ合流するよう命令を受けている。すぐに出発するぞ、ただちに準備を!」


 案内してきた下士官が了解、と敬礼すると内線電話を通じて整備兵へ指示を飛ばす。女王陛下がオレらみたいな一兵士のことなんか気にしてるわけも無いとは思うが、期待されるのは気分がいい。

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