第63話 被弾

「ちぇ、失敗か。イケると思ったのに…」


 ふと悔しそうな声が聞こえ、後方のアトロポスから自機の周囲へと視線を巡らせれば、声の主は攻撃を終えて本来の持ち場へと復帰するところだった。


「バンシー2よりバンシー3、支援感謝する。助かった」


「いやいや、助かってないって。相手はあの御高名な『運命の裁ち鋏』、私も隊長たちのカバーに戻るからあとはちゃんと上手くやってね」


 そう言い残してバンシー3は上空でドッグファイトを繰り広げるA分隊へと向かう。対地ミサイルのマタイをこんな風に使うなんて…その発想力には脱帽した。こちらが立ち並ぶビルよりも低く飛んでいた様子を見て思いついたのだろうが、発射タイミングと着弾までの時間など計算しなくてはならない条件は多い。積み重ねてきた経験から今回の支援攻撃を断行したのか。護るための機動を追及し続けたパイロットだからこそ成せる業か。


「…それがあんたの戦い、か。見せ付けてくれるじゃない」


「バンシー4よりバンシー2、マタイを使い切ってきた。そちらの援護に向かう」


 ビルの陰から現れた僚機はそのまま上昇してこちらの隣にポジショニングする。いつも通りの落ち着いた声はさっき二度ほど危ない綱渡りをした私からすれば怒りにも似た違和感を禁じ得ないが、些細なことだと割り切る。


「オーケー、バンシー4。アトロポスの情報収集行動を継続する、カバーしなさい!」


「バンシー4、了解」


 A分隊は三対二、こっちは二対一だ。三女神の中でも最強と名高い長女が相手だが、シミュレーター訓練を思い出す。まず生き残る…無理な攻めをしなければやってやれないことはないはずだ。




「くそ、こいつ…!」


 まるでこっちのHUDを動き回るミサイルシーカーが見えているかのように、紙一重でロックオン出来ない。ひらりひらりとまるで風に踊る布のような飛び方をする。


「刀のように鋭い機動、これほどのプレッシャーを感じるのは久し振りですわ」


 口ではそう言いながら、こちらの攻撃は一発も被弾することなく飛び続けているのだから説得力が無い。ちらりと視線を外せばラケシスに追われるバンシー5が見えた。


「バンシー5! ちっ、カバーする。合図でブレイクしろ!」


「もうすぐバンシー3が戻ってきてくれます。それまではもたせてみせます!」


 こんな状況で強がってる場合か! 口には出さないが、心の中で怒鳴りつける。有無を言わせず、クロートーへの攻撃ポジションを離れてラケシスを追う。


「ティクス、お前はクロートーから眼を離すな!」


 兵装切替操作は前席でも行える。HUDの下に並ぶ多目的ディスプレイの中のひとつに携行武装を表示させ、ルカを選択。すぐさまミサイルシーカーがラケシスを捕らえてロックオン。しかし今の位置関係ではラケシスがミサイルを回避した場合に迷走したミサイルがバンシー5に向かう危険があった。


「バンシー5、ブレイクしろ!」


「り、了解!」


 急減速と急旋回でラケシスを振り払おうとするバンシー5。


「甘いねぇ!」


 だがその急制動にすらすかさず反応して喰いついてくる。こいつは正真正銘の化け物か?


「くそ!」


 ミサイルによる攻撃を断念し、すぐさまスロットルレバーを押し出して加速しつつFCSにはドッグファイトモードへの切り替えを指示。ガンレティクルが表示されてバルカン砲が発射態勢を整え、トリガーを引く。ギリギリ有効射程の外ではあったが、大気摩擦で輝く弾丸はラケシスへ向け飛翔する。


「ちぃ、もうちょいだってのにさぁ!」


 カタログの有効射程なんて所詮は発射した弾丸が狙い通りに直進してくれる距離の目安だ。実際は条件により多少変化する。発射した弾丸はラケシスに到達するかなり手前からバラけてしまって目標を捕らえることは出来なかったが、それが逆にプレッシャーを与えることになったようだ。バンシー5へ攻撃させることなく追い払うことが出来た。


「お姉さま、いけませんわ。回避して!」


「へ?」


 その時、ラケシスの真下からバルカン砲を連射しながら一機のミカエルが垂直上昇してくる。慌ててロールで回避を試みるラケシスだったが、数発被弾したのか機体の下に伸びる垂直カナード翼が弾け飛ぶ。


「なっ!? くそ、掠った!」


「しとめたと思ったのに、そこまで甘くないか…」


 よろめくようにこちらから距離を取るラケシスの脇を颯爽と通過するバンシー3。


「なによ、ラケシス。被弾したの?」


「五月蠅いな! 飾り羽に掠っただけさ、すぐに倍返しにしてやるよ。援護しな、クロートー!」


「はい、お姉さま!」


 息を吹き返したラケシスに加え、クロートーがこちらを追い抜いてラケシスの援護位置へ向かう。


「背を向けられるとは、舐められたもんだぜ」


 スロットルレバーを押し出して加速、クロートーを追うが追いつけないことは解っている。相対速度の違いを考慮し、ロックオン距離の長いルカの発射準備を指示して間もなくクロートーがミサイルシーカーに包まれる。


「バンシー1、フォックス1!」


 ウェポンベイから吐き出された長槍は目標である真紅の機体へと一直線に加速していく。しかしクロートーはこれまで見たことの無い…いや、他を寄せ付けない性能を持つハッツティオールシューネ以外では不可能な機動でミサイルを避けて見せた。


「な、何あれ…?」


 後席でティクスが思わず言葉を零す。正直オレもよく解らない。ミサイルが機体のすぐ後ろまで迫った瞬間、機首を突然跳ね上げたかと思ったらそのままほぼ直角に進行方向を折り曲げた。どうすればああいう機動になるのか…いや、なんとなくは解る。最初に行った機首の跳ね上げ、あれは三女神が得意とする特殊機動のひとつで「コブラ」とか呼ばれているものだ。機体全体をエアブレーキとすることで急減速が可能となる機動で、普通は後方の敵機を追い抜かせて位置関係を逆転させるために使用される。そこに…ハッツティオールシューネの持つ爆発的な加速力を生み出すエンジンを併用した機動、ということなのか?


「んな無茶苦茶な…」


 現代戦闘機の強度は人間の限界以上の急制動にも耐えられる設計になってはいるが、それにしたってあんなの飛行機のやる機動じゃ無ぇよ。そんなあり得ん機動を見せ付け、クロートーはバンシー3を追うラケシスの援護へと駆ける。


「くそ、追いつけない。バンシー5、そっちはいけるか!?」


「間に合わせます! バンシー3、ブレイク・スターボード!」


「お願いだからしくじらないでね!?」


 ラケシスの銃撃の合間をすり抜けるように右旋回を試みるバンシー3。


「ち、ちょこまかちょこまか…! クロートー!」


「お任せを」


 ラケシスの追撃を振り切ったバンシー3にクロートーが喰らいつく。

「そぅれ捕まえ…」


「こ…のぉ!」


 すぐ後ろにつかれたバンシー3はエアブレーキを開いて減速、失速しながらクロートーの目の前を覆うように機体を垂直に立てる。ぶつける気か!?


「ひゃあ!?」


 寸でのところで急旋回し、衝突を避けるクロートー。


「あ、あはは。やっぱり避けるよね、あんたらも大事な機体に乗ってんだもんねぇ」


 チサトの奴、それを狙っての機動か。


「く、なんてことですの? 愛機をあんな風に…!」


「バンシー5、フォックス2!」


 さっきも無茶苦茶な機動を行ったクロートーだったが、予期せず無理矢理な機動をとったせいか隙が生まれた。そこにすかさずバンシー5がミサイルを発射する。対するクロートーはチャフとフレアを撒き散らしてこれを回避する。これまでミサイルの回避に三女神が防御兵装を使用したという記録はない、搭載していたんだな。


「このわたくしが、チャフに頼らなければならないなんて…屈辱ですわ」


「やれやれ…ラケシス、クロートー? たった三機に苦戦なんて笑えないわよ?」


 アトロポスの呆れたような声が聞こえてくる。そう言えばB分隊はどうなった? 機体を傾けて地上へと眼をやる。B分隊とアトロポスを見つけるのに時間はかからなかった。バルカン砲の弾丸を浴びて白煙をあげるミカエルが視界に飛び込んできたから。


「畜生、しくじったぜ!」


「バンシー2、右エンジンに被弾! 推力、片肺飛行モードに移行!」


「バンシー4、フォックス2」


 アトロポスがバンシー2を追いかけている間に後方へと回り込んだバンシー4がミサイルを放つ…が、地上に生えるビル群を盾にして回避し、更に旋回中に機首を進行方向に対し垂直に立てた。コブラの亜種、「フック」だ。そしてその姿勢のままバルカン砲を発射。下手をすれば失速して墜落しかねない低空で、さも簡単そうにアクロバットをやってみせる。判り切ってはいたことだが、機体以上にそれを操るパイロットこそが本物の化け物だ。


「ちぃ…バンシー4、左エンジンに被弾。左のラダーもおかしい」


「左垂直尾翼も被弾、中破! 操縦系統に修正をかけます」


 撃墜までいかずとも、三女神を相手にするには二機とも厳しいコンディションになった。ただでさえ性能差がハッキリしてしまっているんだ。これ以上B分隊を前線に残すのは得策じゃないな。


「バンシー1よりバンシー2、その状態で三女神を相手に飛ぶのは危険だ。B分隊はただちに情報収集行動を終了し、戦域を離脱。撤退しろ!」


「…っ! 申し訳ありません。バンシー2、了解。バンシー4、撤退するわよ。反転して全速離脱!」


「バンシー4、了解」

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