第37話 休息終わり

「なので隊長、これからはこの子のことファルって呼んであげてくださいね」


「ちょっとチサト、呼び名と言うのは強制するようなものではないと思うのですが…」


「あはは、チサト中尉ってなんだかシルヴィ少尉のお母さんみたいだね」


「ええ、前の部隊からこの子のお守りは私の仕事でしたから~。それとティユルィックス、シルヴィじゃなくってファルよ」


「私もティクスでいいよ。長いし発音難しいからめんどくさいってフィー君に付けられたあだ名だけど、割かし気に入ってるから」


 一週間の訓練で大分距離感がつかめてきたのか、緊張することも無く接せるようになったのは喜ばしいのだがシルヴィの眉間に拵えられたシワが気になる。


「あ~、シルヴィ。ハッキリ自己主張することも大切だからな?」


「え、あ、いえ…別にファルと呼ばれることに抵抗があるわけではないのです。ただ、チサトが一人盛り上がって隊長や中尉にご迷惑をかけてしまっているのでは、と…」


 おかしい、確か彼女はオレより五つぐらい年下のはずだが纏っているオーラが苦労人のそれだぞ。


「気にするな、これはこれで楽しませてもらってる」


 そう言うと安堵の表情を見せてくれたので、ひとまずはよしとする。ふと時計で時間を確認すると、思いの外時間が経っていた。体を90度回転させ、更に首をひねってテーブル席のB分隊連中にも声が届くように姿勢を整えてから口を開く。


「さて、そろそろお暇するぞ。もう機体も届いてるはずだしな。今後はシミュレーターより実機での訓練をメインに組むから覚悟しとけ。新品の玩具に傷ひとつ付けてみろ、営倉への終身刑じゃ済まさないからな」


「了解!」


 隊員からの威勢のいい返事を聞いて満足してたら、後頭部を小突かれた。痛くはないがびっくりして振り向くと、エリィ姉が伝票を挟んだケースを持ってたたずんでいた。


「あんたね、ここをどこだと思ってるの? 永世中立を謳うウェルティコーヴェン共和国よ? そういうことはあんたんとこの基地でしなさい。軍事ネタは厳禁!」


「な、なんだよ。部隊名とエンブレムに悩んでた時は協力してくれたくせに…」


「それはそれ、これはこれよ。名付けとデザインは文化的だから許せるのよ」


 文化的って…なんだよそりゃ? その単語自体は初めて聞くようなものではないが、いまいち意味が解らない単語の登場に首を傾げるとエリィ姉は「バカ、空気読みなさい」と耳打ちしてきた。それでもエリィ姉の真意を理解するまでに少しかかったが、思い当たる節を見つけて納得した。


「あ、悪い。軽率だったな」


「解ればよろしい」


 ティニのことを言いたかったのか。あいつは戦争の二文字を自分から遠ざけるためにここに来たんだもんな。自分で連れてきたくせに…まずったぜ。視線が無意識のうちに紅茶かコーヒーが入っているだろう白いポットを片手に店内を歩き回っていたティニに向く。こちらの視線に気付いたティニは口の端を釣り上げてニッと笑ってみせる。


「ティニは気にしてないよ。お兄ちゃんも約束、忘れてないでしょ?」


 約束ってのは…ああ、必ず生きて帰ってくるってヤツだな。


「ああ、忘れてない」


「それならいいよ。ただ、破ったら許さないからね」


 ビシッと人差し指を立て、真っ直ぐにこちらを見据えてくる。やはり苦難ってヤツは人間を成長させるらしい。精神レベルで言えばティクスと同等以上なんじゃなかろうか。


「え、約束? 何の話?」


「あたしも聞いてないけど、何よ二人とも。随分といちゃついてくれるじゃない?」


 ティクスとエリィ姉が興味津々といった顔でオレとティニに交互に視線を送る。確かに今のやり取りだけじゃ話が見えるのは当人同士だけだよな。


「『どんな戦場に行っても、必ず生きて帰ってくる』ってな、約束したんだわ」


 事実をそのまま言ったはずだったが、店内のほぼすべての人間が一斉に視線をオレに注いできた。その視線に含まれる感情は驚きとか他にも色々混ざっているように感じたが、何故そんな複雑な表情をされるのか解らず、ティニと二人してきょとんとしてしまう。


「な、なんだよ。オレ、何か変なこと言ったか?」


 数秒の無音の後、まずエリィ姉が突然どっと笑い出した。


「あっひゃはははははっ! な、何よそれ!? 本当にそんな…そんな安物の戦争映画に出てきそうな口約束、する人間いたのね!」


 ヒィヒィと肩で息をするような盛大な笑い飛ばし方をされた。「安物の戦争映画に出てきそうな口約束」という表現に若干気恥ずかしさを覚える。言われてみれば確かにその通りかも知れない。


「う、五月蠅ぇな。それに単なる口約束に終わらせるつもりは無い。不慣れな新型に乗ろうが最前線に送り込まれようが、絶対に生きて帰ってくる。それはオレだけじゃない、この部隊の全員がそれを最優先にするよう言われてる。だから…別に特別なことを言ったんじゃない」


「そうかも知れないけどさ。ヒィ、ヒィ…あ~、おなか痛い」


 目には涙まで浮かべて、腹を抱えるエリィ姉。どうやら相当ツボにはまったらしい。


「まぁ、ティニちゃんがそれで納得してくれたんだし、いいじゃん…ね?」


 ティクスがフォローを入れてくるが、口を開けたら再び噴き出してしまいそうなエリィ姉は口と腹を押さえて厨房へと消えた。まったく、我が従姉ながら…やれやれだぜ。

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