第34話 バンシー隊

 まったく、やっぱりあの人には敵わねぇ。面白おかしく好き勝手ネタにしてにたにたと笑いやがって。


 オレは心の中で溜まりに溜まったフラストレーションをどうにかこうにか落ち着けつつ、第三ブリーフィングルームの扉をくぐる。中には既に全員揃っていた。オレの姿を確認すると誰が合図するでもなく一斉に立ち上がり、同じタイミングで敬礼してくる。返礼してやり、再び着席するよう促す。


「え~、挨拶は日中に済ませたから省略する。集まってもらったのは…まぁみんな想像付いてるだろうが、搭乗する機体の担当割りだ」


 部屋の中の緊張感が一段階上がった気がする。肌がピリピリして居心地が悪い。


「新型の詳細な資料は追って配布するが、バンシー隊に配備されるXFR‐136『ミカエル』は縦列複座型の戦闘偵察機だ。よってパイロットとWSO、二名での運用となる。これはミカエルに搭載されている複雑な情報収集ユニットの性能をフルに発揮するためだが、修理用余剰パーツも限られるミカエルの生還率を最大限に高めるためでもある、ということは付け加えておこう。さて、その分担を言い渡す。一番機にはオレがパイロットとして、パロナール中尉がWSOとして搭乗する。次に二番機パイロット、アトゥレイ・ブレイズ中尉」


 名を呼ぶと「よっしゃ!」とガッツポーズと共に勢いよく席を立つアトゥレイ。


「続いて二番機WSO、カイラス・ヴァッサー中尉」


「はっ!」


 こちらも威勢のいい返事と共に席を立つ。誰も立てとは言ってないんだが、アトゥレイが立ち上がってしまったし、これはこれでいいか。


「へっへ~、残念だったなぁカイラス。俺の後ろで大人しく…」


「アトゥレイ、隊長のお話はまだ終わっていないわ。私語は慎みなさい」


 まただ。また室内温度が下がったと錯覚するほどに冷たく突き刺さるカイラスの言葉。オレのアイスエッジという通り名はこいつにこそ相応しいんじゃなかろうか。アトゥレイは顔を引きつらせながらも押し黙る。


「…どうぞ、続けてください。隊長」


「あ、ああ…」


 そう促されるまで、オレも次の言葉が出てこなかった。よし、これからやっていく上でもこいつだけは怒らせないようにしよう。


「一応捕捉しておくと、この部隊の設立目的及びミカエルの運用において重要になってくるのはWSOの方だ。搭載されたセンサーを駆使し、常に周囲へ意識を張り巡らせ、情報を収集・分析するのはWSOの仕事となる。パイロットの仕事はWSOがその任務を行い易いように機体を操ってやり、鉛弾一発翼を掠めることすら許さずに周辺の脅威を取り除くことだ」


 カイラスの口元がわずかに緩み、若干勝ち誇ったような表情をしたのをオレは見逃さなかった。アトゥレイもそれに気付いているのか、ちっと小さく舌打ちをする。


「それに加え、基本的に四機は二つの分隊で戦場を駆ける。奇数ナンバーをA分隊、偶数ナンバーをB分隊とし、カイラス中尉にはB分隊の指揮を執ってもらう。君の状況判断能力には期待している、応えて見せろ」


 期待している、その言葉に気をよくしたのか、カイラスは明るい声で「はっ!」と短く返事をする。


「よろしい。では続いて三番機パイロット、チサト・ルィシトナータ中尉。WSO、シルヴィ・レイヤーファル少尉」


「イエッサー!」

「は、はい…」


 このペアの反応は二人で少し対照的だ。チサト中尉は元気よく答えてくれたが、シルヴィ少尉は…予想していたとはいえ、ショックのようだ。


「お得意の援護機動で是非部隊のみんなを護ってやってくれ。何しろミカエルは生還して当然。被弾すら許されない機体だ、期待してるぞ」


 チサトは「お任せください」と微笑む。一方のシルヴィは、やや浮かない顔だ。やれやれ…。


「それからシルヴィ少尉、正直オレが一番期待しているのは君だ」


 そう言うと、彼女は「え?」ときょとんとしながら声を零す。


「報告書によれば、君は類稀な頭脳を持ち合わせているそうだな。情報処理能力に長けている君は、この部隊の要となるのは必至だろう。最新鋭機を操縦したかった気持ちは解らんでもないが、そんなに拗ねるな」


 部屋の中にくすくすと笑いが起こり、シルヴィも「わ、私は拗ねてなど…」と俯いた。


「まぁ何にせよ期待してる。部隊の生還率を上げるチサト中尉の援護機動に加えて君の情報処理能力…三番機はこの部隊の運用目的をもっともよく反映したものとなるだろう。頼りにしてるぞ、シルヴィ少尉」


「はい!」


 うん、いい返事だ。表情も晴れやかになったし、もう心配いらんな。


「B分隊四番機パイロット、イーグレット・ナハトクロイツ少尉。WSO、メルル・スウェイド少尉」


「はっ」


「はい」


 このペアは…大人びてるっていうか落ち着いてるペアだな。イーグレットに関してはよく判らんが、メルルはあのメファリア中佐の妹っていう意識があったからか、もうちょい元気な奴かと思ったんだが…。


「イーグレット少尉は無駄弾を撃たず、無駄な機動もしない主義なんだって? 首都防空隊で培ったその技術、期待してるぜ」


「微力ながら、尽力させてもらうよ」


 あまり表情に変化が無い奴だが、今ほんの少しだけ口元が緩んだように見えた。そして何度見ても、やっぱり男なのか女なのかよく判らない奴だ。ふとカイラスが彼を睨むような視線を向けているのに気付く。理由はなんとなく解る。彼の言葉遣いが気に食わないのだろう。とりあえずさっさとこの話題を終えるか。


「メルル少尉はサラマンダーのWSOだったんだろ? 消耗率の高い攻撃機乗りの中で目立った被弾歴も無いし、このメンバーの中では唯一生粋のWSOだ。イーグレット少尉とは初対面でやりづらいところもあるかも知れんが、サポートしてやってくれ」


「はい。よろしくお願いします、イーグレット少尉」


「こちらこそ」


 二人で顔を見合わせ、改めて挨拶してる様を見る限り、特に問題は無さそうだ。無意識に安堵の溜息が口から零れる。


「さて、機体も届かないうちに乗る機体とペアは決まったわけだが、明日からシミュレーターによる訓練を行っていく。荷物もそれぞれの部屋に運ばれているはずだ。部屋は二人一部屋、今決めたこのペアがそのままルームメイトにもなるが、問題だけは起こすなよ?」


 みんな大したリアクションも無かったが、二番機ペアの顔は見てて噴き出しそうになった。アトゥレイの顔は見る見るうちに青褪め、カイラスの顔は引きつる。なんだこの解りやすいペアは…。


「これから同じ機体で一緒に死線をかいくぐる仲間だ。信頼関係の重要性は今更言うまでもないだろう。これは恩師からの受け売りだが、命懸けの戦場で形式だけの礼儀なんて無意味だ。強制する気は無いが、オレに対して敬語は必要ない。気楽に仲良くやろうぜ。最後になったが…ようこそ、第144特殊偵察飛行隊、バンシー隊へ」


 言い終えた直後に、合図も無く一斉に全員が席を立って敬礼。形式だけの礼儀は要らない…そう言ったばかりだが、だからこそこの敬礼は形式だけで行われているものではないように思えて、気分がいい。返礼し、解散を言い渡してから部屋を出る。うん、幸先良好だな。




 期待されている。その言葉が社交辞令などで無いことは、隊長の空色の双眸を見れば確信が持てた。新型機が配備される部隊への転属と聞いて、それを操縦することを期待していたのは事実だ。でもキルムリス隊のペアが同じ機体のパイロットとWSOとに分かれて搭乗することになったのを見て、こうなるんだろうなとは予想していた。だけど、今はこれでもいい。隊長の言葉で納得したから。


「あら、いい顔してるじゃない。さ・て・は、あの隊長さんに惚れちゃったのかな?」


 私たちがこの基地にいる間過ごす部屋へ向かう途中、チサトがニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。


「私はそんな安い女じゃないです」


 信頼は出来る相手だとは思う。ケルベロスの二本牙、前線に一週間もいれば新入りだってその名を耳にする。それほどのエースパイロットが率いる部隊だ。頭の固い権力主義者でもないようだし、期待は大いに持てる。


「なんだ、つまらない」


「つまらないって…チサト、私たちは戦うためにここにいるんですよ?」


「だからじゃない。殺伐とした環境の中で潤いを与えてくれる花を求めて何が悪いのよ」


 この人はまたそうやってもっともらしいこと言って…。彼女は階級こそひとつ上だけど、新参者だった私にもこんな風に親しげに接してくれた。敬語など不要、隊長が先程言った言葉を半年前に私は彼女から聞いた。


「やれやれ、ならその花は自分で咲かせたらどうですか? 隊長と価値観合いそうじゃないですか」


「それもいいかも知れないけど…生憎、私もあんたと同じでその方面は慎重なの」


 そう言うとチサトは少しだけ歩くペースを上げて部屋へ向かう。まったく、結局何を言いたかったんだか…。

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