第31話 雛菊

 ふと時間が気になって時計に目をやる。午後一時過ぎ…。


「ねぇ、ここに配備される部隊の到着ってそろそろかな?」


 確か午後には到着すると司令が言っていた。第二艦隊を沿岸から解き放つための航空戦力。最前線であるこの基地に配備される部隊にはどんな人間がいるのか、少し気になっている。


「ああ、そういやそんな時間だな」


「屋上に行けば見えるかな。ちょっと行ってみようよ」


 でもフィー君は「どうせヴァーチャーⅡだぜ?」と呆れ顔。どうせここにいてもやることなんて特に無いじゃないかと言うと、それもそうか、と席を立って部屋を出る。


 基地内の廊下を歩き、階段を2フロア分上って金属製の扉を開けると屋上に出る。一気に視界が開け、青々とした空と東西に二本、南北に一本設けられた滑走路が飛び込んできた。


「空を飛ぶのもいいけど、こうやって見上げるのも気持ちいいね」


 風が吹き抜けて頬を撫で、髪を躍らせる。


「のんきなこと言いやがって…」


「力を抜ける時に抜くのも兵士の務め、だよ?」


 兵士としての基礎を叩き込まれる訓練学校で度々教官や先輩から言われる言葉だ。フィー君は何も言わずフェンスに背中を預ける。東の空に眼を向けて、ここへ配備される部隊が見えないかと期待していると…遠くに機影が見えてきた。


「あ、あれかな!?」


 指差しながら声を上げるとフィー君もそちらに視線を向ける。


「…ああ、多分そうっぽいな」


 警報も鳴らないし、敵機じゃないはずだ。まぁミカエルどころかヴァーチャーⅡすら配備されてないこの基地じゃ警報なんて意味無いけど…。程なくして上空を四機編隊のヴァーチャーⅡがフライパスする。本国西海岸に近いケテルの基地から洋上で空中給油を受けて遠路はるばる飛んできた友軍機。反転して上空を緩やかに旋回し始める。後続のために周辺警戒を行っているのか。


 そして一定の間隔を空けて次々とヴァーチャーⅡがランディングギアを下ろして着陸態勢で滑走路へ進入してくる。機影はどんどん増えて、一個大隊ぐらいいるんじゃないだろうか。


「妙な数だな。大隊規模かと思ったが…四十二機、か」


 隣でフィー君が呟く。一個大隊は三十六機だから、六機多い。でも配備を急いだ第一陣が一個大隊で、ここに私たちの小隊が加わって…それほど期間を空けずに第二陣以降も配備されるのだろう。


 そんなことを思いながら滑走路から格納庫や駐機スペースへ続くタキシングウェイを進むヴァーチャーⅡを眺めていると、四十二機は三種類のエンブレムをそれぞれの垂直尾翼に描いているのに気付く。それらのエンブレムに目を凝らしていると、そのうちのひとつに見覚えがあった。


「あれ、フィー君…あのエンブレムって」


 一輪の可憐な雛菊と凛とした輝きを放つ刀のエンブレム。


「あれは、デイジー隊!? まさか…」


 二人してフェンス越しに目を凝らし、格納庫前で停止したデイジーのエンブレムのヴァーチャーⅡから降りてくる人物を確認する。コクピットから出てきてヘルメットを外す女性パイロットの姿を見つけて驚いた。花のような華やかさを持つ朱の髪、その物腰というか雰囲気というか…とにかくその姿を見て確信した。


「「メファリア教官!?」」


 思わず口から出た言葉がシンクロする。メファリア教官はフィー君が空軍のパイロットとなるべく通い、私もフィー君の二期後に通った訓練学校で座学と操縦技術の担当教官だった人物だ。基地の施設へと向かう教官の後姿を見て、一度二人で視線を合わせると、同時にさっきここへ来るのにくぐった扉を目指して走り出す。




 ここが私の新天地…いや、地獄の間違いかしらね。


 吹き抜ける風と頭上に広がる空、本国のものとさほど変わらない…なんて、当たり前か。だけど私のこの両足が踏みしめているこの大地は、数多の犠牲を積み重ねて削り取った敵国の土地だ。


「あなたは喜んでくれているかしらね。それとも…」


 パイロットスーツの上から胸元に手を当てる。微かに感じる金属の冷たく固い感触。数珠状に連なるボールチェーンで首から提げているドッグタグ(認識票)、自分のパーソナルデータが打刻された一対のプレートと共に輝いているのは…かつて交わした誓いの証である指輪。物思いに耽っていると、こちらに駆けてくる二人分の足音が聞こえてきた。


「教官、メファリア・スウェイド教官!」


 聞き覚えのある声に見覚えのある顔。私が手塩にかけて育てた愛弟子の二人だ。


「あら、久し振りね。元気そうで何よりだわ。あんたたちもここに配属?」


「ご無沙汰しておりました。自分たちはここに新設される部隊の…」


 敬礼しながらフィリルがそんなことを言うので、「はいはい、ストップ」と言葉を遮る。


「あんたたちはもう訓練兵じゃないし、私ももうあんたたちの教官じゃないの。今の私たちはお互いに戦場で逢った戦友同士、命懸けの戦場に敬語なんて無意味だわ。知らない仲じゃないんだし、階級が違ったとしてもそんな他人行儀ちっとも嬉しくない。おわかり?」


 ふと見ればフィリルは大尉、ティクスは中尉の階級章をつけている。ふぅん、順調に偉くなってるじゃない。二人もようやく肩の力を抜いて、こちらの望んだ顔をしてくれる。


「こんな場所で逢うとは…デイジーのエンブレムを見た時は目を疑いましたよ」


「教官がここの駐留部隊を指揮されるんですか?」


 二人とも敬語は直してくれないが、その口調はリラックスしている。ま、それでもいいか。


「私が指揮するのはデイジー中隊だけね。他の部隊にはそれぞれに指揮官が付いてるし、三つの中隊の統括的な指揮はここの基地司令が直接執るって話になってるわ。それと二人とも? 教官じゃないって言ってるでしょ。今はメファリア・スウェイドちゅ・う・さ」


 襟に縫い付けられた階級章をトントンと指で叩きながら見せ付ける。


「あ…失礼しました、中佐!」


「教導隊にいた時は軍曹とかだった気が…」


「ええ、そうだったわね。まぁ訓練兵たちが厳しい訓練を耐え抜いてようやく任官した時、それまで見上げてた教官に敬語でお祝いを言われるのって少しいい気分じゃなかった?」


 訓練兵はすべての訓練課程を終えて配属先が決まると任官し、少尉となる。少尉の下には准尉がいて、次に曹長がいて、更にひとつ下がってようやく軍曹だ。戦場へと旅立つヒヨッコ少尉たちを見送る時は立場上必然的に教官が敬語になる。


「ああ、確かに」


「私は教導隊に行くまでは大尉だったからね。教導隊での実績もあったし、ここ最近の航空戦力の消耗を受けてこうして前線へ復帰、加えて中隊規模の指揮官になるからって今の階級に納まったってわけよ」


「なるほど、そう考えると確かに妥当な待遇ですね」


「中佐と一緒に戦えるなら、私たちも安心だね」


 フィリルと戯れるティクスを見て、記憶の中のこの子と少し印象が違う気がした。確か訓練兵の頃はひたすら座学に技能にとありとあらゆるものを完璧にと言わんばかりに熱心な模範生だったような記憶があるんだけど…こんな子供みたいな子だったっけ? 演じてるような笑顔じゃないし、多分こっちが素なんだろう。


 そんなどうでもいいことを考えていると、こんなところで油を売ってる場合じゃないことを思い出す。


「じゃ、私は基地司令に挨拶行ってくるから。積もる話はまた後にしましょ?」


 他の中隊の隊長らしい人間がこちらを一瞥して施設内に入っていくのが見えて、そんな言葉を残してその場を去る。まったく、久し振りに見た教え子の顔に浮かれたのかしら? 頭をニ、三度横に振ってしっかりしろ、と自分に言い聞かせる。

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