第30話 情報整理
司令の言葉を受けて敬礼、司令の返礼を待って踵を返す。ドアの前で「失礼します」ともう一度敬礼し、退室する。廊下を歩きながらもらった資料に目を通す。
「どんなパイロットが配属されるんだろう。見せて見せて~」
身長に差があるせいかひょこひょこと隣から覗こうとするティクスの頭がうざったいので足を止めて、資料がこいつにも見える高さに下ろしてやる。
書類の束の一番上にあったのはキルムリス隊から異動となるカイラス・ヴァッサー中尉のデータ。感情に波があるものの、戦場での状況判断の速度と正確さは折り紙付き、操縦技術に関しても優れているようだ。敵戦闘機との格闘戦を好み、今まで十回の出撃で撃墜数は三十五機。撃墜数はそこそこ…だが十回の実戦を経験して生還しているのは素晴らしいことだ。状況判断の速度と正確さ、か。なるほどなるほど…。
次の資料に目を向けると、こちらも同じくキルムリス隊のアトゥレイ・ブレイズ中尉。態度・言動に難あり、しかし戦闘においては抜群の活躍を見せる。攻撃の命中率は高くないが、その烈火の如き攻撃は敵に隙を作らせ友軍の攻撃の魁となる。出撃回数は八回、撃墜数二十三機。切り込み隊長ってとこか、ふむふむ…。
「まぁ二人一組で引き抜いた方が、引き抜かれる部隊側も補充が楽なのかもな」
それで複座戦闘機が配備されるってことは、結局その二人でどちらかがパイロット、どちらかがWSOになるということなのだろう。次もそうだ。シーリー隊からチサト・ルィシトナータ中尉とシルヴィ・レイヤーファル少尉。チサト中尉はその明朗な性格から人当たりがよく部隊内のムードメイカーとなっていたようだ。また援護機動にも定評があり、シーリー隊の被撃墜率の低下に貢献した、とある。出撃回数が九回、撃墜数は二十八機。
シルヴィ少尉は任官して間もないが、情報を迅速・適確に分析することで予測射撃の高い命中率を誇っている。義務教育課程九年間のうち三年分を特例としてスキップし、三年制の士官学校さえをも驚異的なスピードで卒業した頭脳を持ち合わせている。地上勤務への道を期待されたが、本人の強い希望によりパイロットとしての訓練課程へ進む。そこで若干足踏みするものの、評価試験を二度目の挑戦で突破。出撃回数三回、撃墜数は十三機。撃墜ペースはいいな、それに情報分析に強いのはバンシー隊にとって有益だ。期待出来るかな。
「あ、でもこの二人は別々の部隊からなんだね」
ティクスがそう指摘した最後の二人。イーグレット・ナハトクロイツ少尉とメルル・スウェイド少尉。イーグレット少尉の元々いた部隊は…キャペルスウェイト隊? 首都近郊にあるパルスクート基地に常駐する首都防空任務専門のエリート部隊じゃないか。どっかのお坊ちゃんだろうか…いや、それなら多分最前線になんて配属されないよな。
無駄な動きの無い機動が特長で、ミサイルはもちろんバルカン砲による射撃に関しても高い命中率を維持している。無理と判断すれば退き、深追いをしない慎重さを持っている。撃てる時には撃つ、そのチャンスを逃さない…というスタイルか。
メルル・スウェイド少尉はヴァーチャーⅡではなくサラマンダー攻撃機を操って地上戦力への航空支援任務を主とするフィアダリグ隊からの異動だ。彼女はWSOとして空を飛び、被撃墜率の高い攻撃機乗りでありながらも五回出撃して撃墜されること無く生還している。彼女の指示が優れているのか、相方のパイロットが優れていたのかは不明だが、どちらにせよ素晴らしいことだ。しかし…スウェイド? どっかで聞いた名だ。二秒考えて思い出せない。まぁいいや。
…部隊は違っても、やはりこの二人で組ませるしかない。まったく、汎用性の無い人事だな。
「それだけ余裕も無い…てことか」
お偉方が安心して新型機を託せるだけの能力を持つ人間…エースと呼ばれる人材そのものの絶対数が減少しているのは事実だ。そしてそうした希少なエースはそれぞれに部隊を率い、各戦線で欠かせない存在となっている。むやみに引き抜こうものなら前線の防空網が崩壊しかねない。まぁそんなエースたちでさえ運命の三女神と交戦すれば成す術も無く撤退するしかないのだから…同じか。
部屋に戻ってもう一度ミカエルの資料に目を通す。亜音速から超音速までの各速度域での平均旋回半径、最大速度、最大上昇率、機内燃料タンク最大搭載量、搭載可能外部兵装etc. etc…覚えることはいっぱいある。
兵装に関してはヴァーチャーⅡとほとんど変わらないが、エアブレーキを最大まで開いた時の減速率とかも覚えておくと実戦で役立つ時があるだろうし、敵機からミサイルを撃たれた時に使用するチャフやフレアなどの防御兵装のディスペンサーには何発搭載出来るのかなども知っておく必要がある。ミカエルはその生産コストから修理用の余剰パーツさえもほとんど用意されない状態で配備されるって話だし、被弾すら許されないと司令も言っていた。
「旋回半径もかなりコンパクトになってるね。失速もしにくくなってるし、やっぱり可変後退翼だからかな?」
「三次元推力偏向ノズルの恩恵も大きいだろうな。フォーリアンロザリオの技術力じゃハッツティオールシューネに追いつける高出力エンジンは開発不可能だから旋回性でカバーしようっていうつもりなんだろう」
基本的にフォーリアンロザリオはヴァーチャーやサラマンダーなど、生産性は求めつつも高い基本性能は維持する方向性で今まで兵器開発をしてきた。ルシフェランザは性能よりも生産性第一とし、だけどハッツティオールシューネだけ開発ラインが違うのか飛び抜けた性能を持っている。生き残ったパイロットを起点として流れる噂ではヴァーチャーⅡじゃロックオンさえ出来ないとか聞いたこともある。
確かに情報収集がメインなら、旋回性を武器に逃げ回って観測すればいいんだろうけど…速度で勝てないなら逃げる時はどうやって逃げるんだろう?
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