第17話 ヴァイス・フォーゲル
後部座席に乗ったと思ったらすぐに眠り始めた女の子、ティニちゃんに関して簡単な事情説明をフィー君から受けて、自分たちと同じ境遇にある子なんだと理解する。
「そうだよね、大変なんだよね。ルシフェランザの人たちだって…」
「今は国が云々は無しにしようぜ。ここはウェルティコーヴェンの外縁地域なんだからな」
まったく同感だ。枕にするにはやや大き過ぎる避難バッグに頭を乗せてスヤスヤ…というよりぐったりという表現が正しい様子で眠り続ける。外縁地域の道路は基本未舗装だから揺れも小さくないはずだけど、相当疲れていたんだな。
「後ろが気になるのは解ったから、とりあえずエリィ姉の店を探すの手伝ってくれ。白い…なんちゃらだったと思うから」
「白いなんちゃらってなんだよ。そんなんじゃ探しようが無いってば」
「鳥だったか猫だったか…なんか動物だった気がする」
アバウト過ぎる。いやまぁエリィさんからの知らせだって来たのが開戦前って時点で三年以上も前だし、手紙そのものも今じゃ灰になってるか瓦礫の下に埋もれてるか…いずれにしても既にこの世のものではなくなってる代物だと思うけど、フィー君がそんな曖昧な情報に頼って動くなんて珍しい気がする。それにふと思うのはエリィさんのお店に顔を出すのは部隊名にする妖精とか神話のネタを探しに行く「ついで」じゃなかった?
それからしばらく駅周辺を重点的にグルグル回っていると、約二十分走ってようやく目的地を見つけた。三回くらい目の前を通り過ぎたような気もするけど、店の名前がとっさに読めなかった。白いなんちゃら…とフィー君が繰り返すので「白い~」とか「ホワイト~」とかを探していたのだけど、まさか「ヴァイス」が白を意味するとは…。結局店名は「ヴァイス・フォーゲル」、白い鳥という意味だ。
敷地内の駐車場に車を停めると、後ろで眠るティニちゃんを起こす。車から降りて店の前に立つと、中から零れる笑い声がそれなりに繁盛していることを感じさせた。玄関の両サイドや窓に取り付けられたプラントには草花が植えられて、外壁に塗られた白い塗料を引き立てる。ドアから下がるOPENと書かれた札は鳩をモチーフとしていて、なんだかモダンな喫茶店…そんな雰囲気の建物だった。
「多分ここだよな。白い鳥…確かそんな名前だった気がするし」
まだ少し不安げな声が聞こえたが、そんなフィー君の隣に立ってヴァイス・フォーゲルの看板を見上げていたティニちゃんが「…大丈夫、合ってるよ」と微笑んだ。初めて見た笑顔…その表情が遠い日の、フィー君の妹のウェルトゥちゃんを思い出させる。あの時、一瞬視界に入っただけのこの子を放っておけなかった気持ち…私も解る気がした。さっきフィー君は私の心配をしてくれたけど、フィー君だって…心に癒えない傷を抱いている。
「違ったら訊けばいいよ。さ、入ろう?」
「それもそうか。だが同業者に他店の情報を訊くのは…どうなんだ?」
そう苦笑しながらドアに近づき、店内へと足を踏み入れるフィー君の後を追う。カランコロン、とドアの上に取り付けられたカウベルが軽やかな音色で私たちの来訪を店内に告げる。
「あ、いらっしゃ…い?」
カウンターでお客さんと談笑していた緑髪の女性がカウベルに反応してこちらを向き、その動きが止まる。
「久し振り、エリィ姉」
フィー君はその顔に見覚えがあったようで、右手を上げて挨拶すると向こうも頭の上に浮かんでいた疑問符を打ち消して「やっぱり!」と手を叩いた。
「ひっさしぶりじゃない、フィリル! それにティクスも、大きくなったね」
「エリィさんも元気そうで何より」
ああ、少し思い出した。昔もこんな風に若干テンション高めで常日頃ポジティヴシンキングを貫く女性だった気がする。
「いや~、前に見た時はまだまだ子供だと思ってたあんたたちが…時間の流れを感じるわぁ」
カウンターから出て出入り口付近にたたずむ私たちの方へ歩み寄りながら、涙なんてこれっぽっちも浮かんでいない笑顔のまま目尻を拭う真似をするエリィさん。
「おいこら、そこまで変わったか?」
「そりゃあもうあたしから見れば衝撃的なビフォア・アフターだわよ。前はこんくらいだったフィリルにま・さ・か身長で抜かれる日が来るなんて思いもしなかったし、ティクスは…ねぇ?」
フィー君に向かっている時は自分の胸ぐらいの高さで手を水平に動かしながらケタケタと笑ってたと思ったら、今度は私の方を向いて「ホント、大きくなったわよねぇ」とニヤニヤという表現がピッタリの笑顔を浮かべる。その視線は私の顔からスーッと下がっていき、胸元辺りで止まった。
「え、エリィさん…どこ見てるのさ」
「お天道様が輝いてるうちからそんなこと言えないわ~」
ニヤついた表情も視線もそのままに口元をそっと片手で隠すエリィさん。役者でも目指していたのだろうかというくらい芝居がかった動きに、店内にいたお客さんたちもどっと笑い出す。外縁地域ではこの手のネタで喜ぶ人間が多いってことか。気恥ずかしさに顔が赤くなる。
「ふふ、あ~楽しかった。そう言えばフィリル、随分と可愛らしいお姫様を連れてるじゃない?」
エリィさんのハイテンションマシンガントーク劇場にビックリしたのか、フィー君の影に隠れていたティニちゃんに視線が向く。
「他人の趣味・趣向にとやかく言いたくないけど、恋人だとか言ったらさすがにちょっと人格疑うわよ?」
「安心しろ、そんな事態は天と地がひっくり返ったとしてもこれっぽっちもあり得ない。でも説明するにしてもこれ以上ここで立ち話はちょっと疲れるから席に通してくれないか?」
うんざり顔で紡ぎ出されたフィー君の言葉でようやくその場が出入り口だと気付いたように「あ、そうだったわね」と悪びれる様子も無く笑いながら奥にある四人掛けのテーブル席へと案内してくれた。
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