第16話 邂逅

「そうだな、どっかこの辺で…」


 駅舎に視線を向け、その周辺に視線を走らせた時だ。それを見つけたオレは、反射的にハンドルを切って駅のロータリーへ車をドリフトさせながら滑り込ませる。


「はわぁ!? ちょ、ちょっとフィー君!」


 急制動でかかるGに振り回されるティクスが抗議の声をあげるが大して気にも留めず、ロータリーの中で路肩に寄せて停車する。


「まったくもう、危ないじゃんか。あんな急ハンドル切るなんて、何か見つけたの?」


 ティクスがキョロキョロと周りを見回す。


「なぁ、あれってさ…」


 オレが指差す方向に視線を向けたティクスは、オレの視線の先にあるものを見つけたようだ。駅舎の壁に寄りかかり、地面に座り込む幼い少女。傍らに置いてあるのは彼女の荷物だろうが、不釣合いに大きいそのバッグには見覚えがある。同じものではないにしろ、似たようなものは見たことがある。


「…うん、あの子の横にあるの、避難バッグだね。あの逆十字のマーク、ルシフェランザのだよ」


 よく見ればバッグには逆さになった十字架のマークがペイントされている。フォーリアンロザリオは十字架のマークだから…というか、ケルツァーク基地の周辺に民間施設は無いのだからうちの国の民間人がこんな場所にいるはずがない。糸の切れた操り人形のように全身から力が抜け切ったような体勢でそこにいる。


「ちょっと、声かけてくるわ。留守番よろしく」


「え? ちょ…」


 何か言いかけてたが無視して車を降り、少女の許へ歩み寄る。近づいてみると…なるほど、そこそこ行き交う人間はいても誰一人声をかけない理由も解らなくは無い。茶色の髪はボサボサで、全身には擦り傷の痕のような細かい傷があり、着ている服もすっかり汚れている。


 そんな少女がまだお昼にもならないこんな時間に一人で避難バッグの傍らに座り込んでたら、そりゃあ触らぬ神に祟り無し的な考えになっても不思議じゃないわな。


「よう、どうした? シケた面して」


 声をかけるとぎこちない動作でゆっくりと顔を上げ、こちらを見つめてきた。その顔を見た瞬間、ドクン…と鼓動が一度大きく鳴った気がした。なるべく思い出さないようにしてる、妹の姿と重なった。あの日、撃墜され墜落してきたヴァーチャーの爆発に巻き込まれた妹の姿と…。


「お兄ちゃん、誰?」


 パクパクと小さな口を動かし、小さな問いが紡がれる。オレは脳裏にチラつく妹の姿を振り払うように少女に「オレはフィリル・フォーリア・マグナードだ」と名乗る。


「ほら、ちゃんと名乗ったんだから今度はそっちの番だぜ」


 しゃがみ込んで同じ目の高さから言葉を投げると、「テルニーア・シャリオ…」と返答が来た。


「テルニーア・シャリオね。それでテルニーアは…」


 こんなところで何をしてる…と問おうとした時、再び彼女の唇が開閉する。


「ティニ…」


「お?」


「ティニって、呼んで…。そっちの方が、好きだから」


 なるほど、ニックネームなわけか。しかし二言三言しゃべっただけだが、かなりの疲労困憊っぷりだ。


「解った。ティニはどっから来た? その荷物はルシフェランザの避難バッグのようだが…」


 横においてあるバッグを指差しながら訊くと、返ってきた答えに一瞬驚いた。


「レヴィアータ…」


 まさかとは…いや、こんな子供が一人で歩いて辿り着ける距離にあってルシフェランザ国内で最近戦火に曝された場所なんてあそこぐらいしか思い浮かばないが…ということはオレたちが戦っていたあの時、この子はあそこにいたのか。


「身内は?」


 その問いには、言葉は返ってこなかったが首を左右に振ることで答えてくれた。全滅…か。よくよく考えりゃ、そうでもなきゃ一人で避難バッグなんぞを抱えてこんな場所にいないわな。


「…そっか、悪いこと訊いたな」


「別に…げほっ、けほっ!」


 苦しそうに体をくの字に曲げて咳き込むティニの背中をさすってやる。


「なぁ、どうせ行く当てが無いからここに座り込んでるんだろ? もしよかったらなんだが、オレと…プラスあそこの車に乗ってる奴と一緒に来ないか?」


 親指でティクスの待つ車を差しながら訊いてみると、咳き込みながらもティニは「え?」と視線を上げる。


「この辺りに親戚が店やってるって話を聞いて来てみたところなんだが、ここで会ったのもなんかの縁だ。話によると軽食屋っつってたから、何かしら食べれるかも知れんしな。こんな場所に居座ったって何かあるわけじゃなかろうし、どうだ?」


 差し出されたオレの右手を見つめながらティニは戸惑っていたが、やがて「じゃあ…」と声を絞り出しながら細く小さな手をそこに乗せた。


「決まりだな」


 その手を掴んで引き起こすと、多少ふらつきながらも自分の足で立って車へ歩いていく。オレは彼女のバッグを左手に持つと、ティニの歩幅に合わせた速度で車へ向かった。

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