第六十二話:さやの拷問方法

 庄内地域は、海に面している港町である。交易が盛んで、最上川、出羽山地を源とする赤川、日向川、月光川など多くの河川が流れる肥沃ひよくな土地であり、数多くの名産品が生まれている。

 また、その土地柄、出羽三山の参拝者もよくここを通る。なので月山がっさんにある月の里は庄内の複数の町と同盟を結んでおり、ここで塩や魚などを購入し、炭や硫黄、果ては薬等と交換する。


 さや達は、月の里御用達の湯治場の旅籠へと子供を運んだ。旅籠の主人は、怪我をしている子供を見て眉を寄せたが、面倒は起こさないと説得し、部屋をとった。

 月の里の忍びは、ヒナと呼ばれた子供の傷の具合を見る。外側が深く抉れた左太ももの傷は、出血はとまり、傷口も腐っていない。

 とりあえず湯を用意し、傷口を洗って包帯を変えた。このまま適切な処置を施せば、二月も安静にしていれば再び歩くことが出来るだろう。


(でも、里に連れて行く前に、ある程度情報を聞き出しておかないと)


 さやは他の忍びの様子を見るが、さやより階級が高い忍びでも子供に拷問・尋問しようとする者はいそうにない。紫月達を待つつもりなのか、単に子供相手に拷問をしたくないだけなのか。班の中にはある種の倦怠感が漂っていた。


 紫月ばかりに頼ってはいられない。私は紫月の主人であり、もう一人前の忍びなのだ。彼らが合流する前に少しでも情報を入手しないと。


「あの……」


 さやは、班の中で一番階級が高い「ひのえ」の位の忍びにそっと耳打ちする。山の中でさやが思いついた拷問・尋問方法を聞いたその忍びは、嫌そうに顔を歪ませる。


「おいおい、そんな方法、どれだけの銭が必要だと思っているんだ」

「費用は、私の任務報酬から引いて下さい」

「いや、でもなあ……」

「なら、丙忍ひのえにんは他に良い方法を思いつきます?」


 さやに問われ、丙忍の男は渋面を作る。レラや他の忍びは興味深そうに二人の顔を見比べる。子供は一体何をされるか分からず、顔を青くして身体を縮こませている。


「……まあ、お前が責任を取るなら勝手にするが良いさ。隊長に後で叱られても知らんぞ」

「ありがとうございます!」


 さやは頭を下げると、旅籠の者から紙と筆を借用し、必要なものを書いていく。


「では、ここに書いてあるものを、町へ行って買ってきてください」


 ※

 ※

 ※


 一刻二時間後、子供の鼻に美味しそうな匂いが届く。

 その匂いを嗅いで、昨日から何も食べていない子供の腹がぐう、と鳴く。

 すると、誰かが子供の目元の布を解く。視界が自由になった子供の目に飛び込んできたのは、目の前に用意された沢山の食べ物であった。


 さやは子供と自分の間に鍋を置くと、中身を器に掬って食べる。しかし子供の分はない。


「おお! こ、これはいとこ煮!」

「もち米と小豆を混ぜた甘味! な、なんて美味しそうなんだー」


 レラと他の忍びが棒読みで解説していく中、さやは餅と小豆の甘さに顔が緩み、次々とおかわりをよそっていく。レラ達も食し、具体的な感想を述べていく。


「小豆が餅に絡まって、甘さが口中に蕩けていく!」

「この甘さは甘葛煎あまづらせん!? いや、なんだか未来の技術の甘さな気がするぞ!」


 ずず、と美味しそうな音を立てながら、さや達はいとこ煮を食していく。子供はそれを見て、ごくり、と唾を飲み込む。


 いとこ煮を食した後は、棒状の餅を用意する。勿論、今度もさや達の分だけで子供には与えない。


「こ、これは庄内鶴岡名物、べろべろ餅! 独特の食感で鍋に入れるとすぐに柔らかくなり、煮崩れしないからマタギ猟師が持って歩いているとのあの!」


 べろべろ餅をすまし汁に入れて食す。みょーんと餅をわざとらしく伸ばして美味しそうに食べるさや達を、子供はじっと凝視している。


(あともう一押し!)


 腹がいっぱいになりかけてきたさやだが、まだ用意がある。酒田中華そばラーメン。味噌を塗って青菜漬を巻いたおにぎり、弁慶飯。棒に巻かれたどんどん焼き。笹巻き。小麦粉を捏ね、薄くのばしたものを細く切った手打ちうどんの麦切り。からとり芋や月山筍、わらび、こごめ、みず、うどが沢山入った雑煮……なんだか未来の料理があるような気がするのは気のせいだ!


 さや達のみならず、旅籠の従業員や他の客も庄内の名物料理を食べていく。最初は演技で渋々食べていた者も、段々本当に美味しそうに食べていく。食べる度に解説や感想も欠かさない。


 これぞ、さやの考案した、食欲を刺激する拷問方法――飯迫害テロ


 目の前で山ほどの料理を食べられて、子供の腹の虫がうるさく鳴る。お腹がとても空いている時に食報告レポされるほど辛いことはない。特に年端もいかない子供には効果てきめんだったようで、遂に子供は泣き出してしまった。


「うっ、う、うう~……」


 ボロボロと大粒の涙を零す子供を見て、さやは少しだけ罪悪感を覚えたが、頭を振って顔をきりっと引き締める。


「私達に、話してくれる気になった?」


 子供は無言で首を縦に振る。涙で目が潤んでいる子供に笹巻きを与え、さやは詰問を始める。


「君はあの盗賊達とどこで出会ったの? そしてその目はどうやって発眼したの?」


 ※

 ※

 ※


 一方その頃、山の中に残った紫月達は、盗賊の頭領へと尋問を始めていた。

 頭領に薬を投与し、意識を混濁させ、紫月は自身と頭領の頭に鉄の輪を被せて、脳波を同調させ精神に潜入していく。


 紫月は頭領の男の海馬や脳皮質にある記憶野に潜っていく。新しい記憶ほど鮮明で、殆どは略奪の記憶だ。

 違う。この記憶ではない。紫月は不必要な情報は流して、記憶の海の中を潜っていく。


かしら……とに、俺たちは……』


 ざざ、と映像が乱れると、音声と共に大柄な男が映し出される。かしら、というからには、恐らくこの男は風魔一族の頭領、五代目風魔小太郎であろう。

 風の噂によると、風魔小太郎は山のように大きく、鬼のように牙の生えた凶暴な忍びだと聞いていた。大柄なのは合っているが、牙は生えていない。代わりに頬に不思議な文様の紅が引かれている。

 映像が不鮮明で細かい顔の造形はわからないが、思ったより若い青年だ。俺より若いか、同じくらいか……。


『……前達、に、こいつをやろう……』


 風魔小太郎が縄で縛られた子供を差し出す。その子供は


『この……は……鈴鹿山……買ってきた……千里……見通せて、便利……』


 雑音が大きく上手く聞き取れなかったが、紫月は確かに鈴鹿山、と言う単語を聞いた。


(鈴鹿……やはりあの子供は、伊賀の方から攫われてきたのか)


 紫月はもっと深く潜り、あの子供のことと、風魔一族の機密を手に入れようと試みた。だが機密が保管されている深部へと侵入しようとしたとき、バチ! と火花が散り、同調が拒否されてしまう。


「かはっ!」


 思いっきり息を吐くと、意識が鮮明になる。と、同時に身体へ五感が戻ってくる。頭に嵌めた鉄の輪を取りながら、紫月は目の前の盗賊の男の様子を見る。


 泡を吹き白目を剥いてはいるが、脈はあり生きている。最上家へと引き渡す前に死なれては困る。

 まあ、どの道こいつは縛り首か斬首なのだが。


「隊長……何かわかりました?」

「ああ。五代目風魔小太郎の大まかな容姿と、あの天恵眼の子供が鈴鹿で買われてきたことがわかった」


 紫月は記憶が鮮明なうちに、特殊な繊維で織られた紙へと手を押し付け、風魔小太郎の顔を思い出す。すると紫月の手から墨のようなものが伸び、そこに男の肖像が描かれた。目元などの細かい部分は潰れているが、風魔小太郎の大まかな姿形が映し出される。


 本当ならもっと深い情報を手に入れたかったが、謎だった風魔小太郎の容姿がおおまかとはいえ判明したので、里長や上役達も納得してくれるだろう。


(あとはあの子供だが……向こうは上手くやっているだろうか)


 紫月はさや達のことを思いながら、到着した最上家の者へ、盗賊の頭領と、攫われた民達、強奪された金品を引き渡した。

 中には蝦夷エミシの里の者もいて、山形城のうまやに預けているソハヤと蔵王、そしてレラを迎えに来たらしい。


 ひとまず俺たちも庄内へと下りなくては――紫月達は蝦夷の者と共に庄内のさや達と合流するべく山を下りた。


 庄内の湯治場の旅籠にて、さやが子供への拷問のために高額な食糧を山ほど購入し、それは必然的に隊長である紫月の支払いになっていることを、この時の紫月はまだ知らなかった。

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