第五十九話:作戦開始

 盗賊達の拠点を見つけたさや達は、紫月達と合流し、作戦を練る。

 さやは盗賊達の人数と武装、人質の数と拠点の場所、そして鳥面の子供が自分と同じく天恵眼の持ち主だったことを紫月に伝える。


「やはり天恵眼だったのか……」


 紫月他隊員の顔は苦々しく歪んでいる。当然だ。もしその子供がさやと同じ距離を望遠・透視出来るとなると、この任務の難易度が格段に上がってしまう。

 その鳥面の子供は、さやの天恵眼と視線が合うと互いに干渉を起こし、暫く天恵眼が封印されてしまったらしく、捜索班のことは知られずに済んだが、盗賊達の口の動きから読んだ内容によると、明日の昼までに山を下り人買いと接触し、庄内から舟を出し、攫った民達を遠い異国まで売りにだすようだ。あと半日もない。


 討伐隊の隊長である紫月は、皆の手持ちの武器を確認し、盗賊達の人数や武装、拠点の場所の地形を隊員から聞き、作戦を立てる。

 狙撃班として、紫月が鳥面の子供を撃ち天恵眼を無効化し、それを合図に配置についた残りの隊員が盗賊達を排除、人質の救出へと向かう。


「鳥面の子供と、おさ以外の盗賊達は殺して構わない。方法は各自その場の判断に任せる。殺さなくても無力化するだけでも構わない。一番の優先事項は、人質の解放、二番目が鳥面の子供の捕獲だ」


 狙撃は紫月が行うが、その支援サポートとしてさやとレラもつくことになった。


「い、いやいや、私は狙撃銃を触ったことないんだよ。火縄銃だってそんなに上手くないのに、どうやって支援すればいいの!?」


 さやがかぶりを振りながら紫月に問う。自分はどうせなら人質の救出を担当したかった。鳥面の子のもう一つの天恵眼という不安要素はあるものの、子供と直に視線さえ合わせなければ天恵眼は維持できる。この視力で捕まっている人質達を見つけて助けたい、とそう思っていたのに。


「さや様、これは狙撃なのです」


 紫月が真剣な顔つきでさやの顔を見つめ、そしてレラへと視線を移す。すでに紫月からこの狙撃方法を聞いているレラからは少しの戸惑いが窺えたが、決意を固めたように眉を寄せ、さやの方へと顔を向けた。


「……私は、何をすればいいの?」


 二人の眼力に気圧され、おろおろしながらさやは問う。

 レラは懐から紅と筆を取りだすと、腕まくりをして入れ墨を露わにし、染料の付けた筆を紫月の方へと近づけた。


 ※

 ※

 ※


 翌日。日が昇った頃に盗賊達は起きだし朝餉あさげを取っていた。それらは今まで襲ってきた村で強奪した米や味噌、酒に干し魚、漬物といった豪勢なものだった。


「おい、“ヒナ”! この米、芯がまだ残っているぞ! もう一回炊き直せ!」


 ヒナと呼ばれた鳥面の子供は、茶碗を投げつけられながらもう一度米を研ぎ直す。無言で米を研いでいる子供は、別の盗賊から残りの酒を持ってこいと殴られ、また別の盗賊からはツマミがなくなったと怒鳴られる。それでも子供は何も反論することなく淡々と命じられたことを行う。

 米の水を取り替えるため、子供は小川が流れている場所まで移動し、水を汲む。


 と、その時、子供は辺りにを覚える。


 子供は無意識に瞳を光らせ、違和感の原因を探ろうと二町二〇〇メートル先まで視線を伸ばす。

 すると、三町三〇〇メートルほど先で、なにか光った。日の光がなにかに当たって反射したのかと思ったら、突然鋭い破裂音が聞こえた。


 次の瞬間、左太ももに激痛が走り、呻きながら子供は膝を付いてしまう。


 それが合図だった。


 円座を組み朝餉を食していた盗賊達は、周りの茂みから現れた月の里の忍びによって襲撃される。

 僅か五名の手勢ながらこの作戦のために選ばれた精鋭達は、疾風の如く動き、ほぼ一撃で盗賊達の急所を狙い絶命させる。あるものはクナイで喉をかっきられ、あるものは棒手裏剣で首を刺され、あるものは足を蹴られ骨折させられ動けなくなる。酒が入っていたことも相まって、盗賊達が反撃にでるころには、三十人いた仲間が半分に減っていた。


「動くな! 人質がどうなっても……」


 その言葉が終わる前に、唐辛子入りのぜ玉が爆発し、盗賊達の目を奪う。目を押さえ悶絶している盗賊達を尻目に、忍び達が人質の縄を切る。自由になった民達を安全なところへ逃がそうとしたところへ、三人の盗賊達が体勢を直し攻撃してくる。その盗賊達はクナイや忍び刀を持っていた。


「やはり、我々と同じ忍びの者か!」


 盗賊達は仮面の下の口元を緩め、電光石火の如く月の里の忍び達に襲いかかる。目にも止まらぬ攻撃に、五人の忍びは民達を守るため必死に防御の構えを取る。この三人は盗賊団のなかでもずば抜けて強い。このまま守りに入っていてはやられてしまう。


「くそ! 次弾はどうなっている!? 紫月、さや、レラ!」


 ※

 ※

 ※


 盗賊達との激戦地から三町離れた丘の上の茂みに、狙撃銃を構えた紫月と、その両肩に手を置いているさや、そして横にはレラがいた。

 紫月とさやの額と瞼には、レラの入れ墨と同じ文様が描かれていた。


 蝦夷の里で披露した、感覚接続の術の応用だ。さやの天恵眼で得られる超視力を、――ちょうど相馬野馬追で、レラが触覚の一部を紫月と同期させたように、今度はこれでさやは観測手スポッター照準器スコープ代わりとなり、紫月はさやという優秀な照準器を得て、より精密な狙撃が可能となった。


 感覚の一部の接続は、身体全体の動きを接続させるより容易ではあったが、天恵眼を普通の忍びである紫月に同期させるのはかなり骨がいった。

 最初に紫月にこの案を提案され、さやがいつも通り天恵眼を発動させると、視力を同期させたレラと紫月は、視覚からの情報量の多さにより一瞬で目の前が暗転してしまった。


 天恵眼は通常の人間を超えた視界を展開する。発動者のさやはともかく、紫月とレラはあまりの術の凄さに視界が強制ダウンしてしまった。頭痛と吐き気を堪えながら、さやはいつもこんな世界を見ていたのか、と紫月は冷や汗を流しながら改めて狂いもしない主人に感嘆してしまう。


 さやは、訓練のときと同じように、天恵眼で視認出来る範囲をゆっくりと狭めていった。

 果心居士に寺院で教えられたように、必要のない情報は受け流し、目標だけを認識する。そうして認識した視覚情報をレラに仲介させ、レラが更に情報を厳選し紫月へと伝える。そうやって何度も視力を同期させていくと、もうレラも紫月も視界が暗転するようなことはなくなった。


 だが、やはり一時的にとはいえ視界を強制的に広げた紫月とレラは、少しの間動けなくなってしまう。


 あの鳥面の子供を狙撃できたのはいいが、平衡感覚が狂い視界が回り、紫月とレラは目の痛みを堪えている。加えて狙撃銃の次弾装填完了は、早くても五分ほど。唯一無事なさやは装填に手間取りながら、盗賊と戦っている仲間が苦戦している様子を見てしまい、焦りからますます弾込めに時間をかけてしまう。


「装填できたよ! ……紫月、レラ……?」


 狙撃銃を紫月に渡そうとしたが、紫月とレラはまだ視界が元に戻っていないらしい。真っ青な顔でふらついている二人を見て、私はまた何か失敗してしまっただろうか、とさやは背筋が凍り付いてしまう。


「さや様……大丈夫です。感覚接続の術は成功しました。だけど、私達の回復が思ったより追いつかないようです。こうしている間に、仲間がやられてしまいます……」

「だったら、どうすれば!?」


 さやはほとんど泣きそうな声で叫んだ。このままじゃ、私はまた誰も救えない、命が散っていくのを止めることが出来ないではないか。


「時間がありません。さや様、今度は

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