閑話 フェイの受難②
幻想世界に到着した冬夜たちが動き始めた頃、別空間に存在する宮殿の一室から楽しそうな声が響いていた。
「ふふふ、私もなかなか似合っているのではないでしょうか?」
室内に設置された大きな鏡の前に立ち、学園の制服を着た人物、三大妖精セカンド『ノルン』。以前、迷宮図書館に潜入する際に着て以来、時折袖を通しては楽しんでいるのだ。
「人間の服を着る機会などないと思っていましたが、こうして着てみると悪くないですね。機能性も良いですし、動きやすさも考えられています。
「……ノルンお姉さま?」
室内に響く声に凍りついたように動きが止まる。そのままゆっくりとコマ送りのように首を動かすと、出入り口のドアの隙間から室内を覗くアビーの困惑した顔が見える。ノルンのこめかみにダラダラと冷たい汗が流れる。
「お姉さま、私は何も見ていませんから大丈夫ですよ」
無表情のままそっとドアを閉じようとするアビーに慌てて声をかける。
「こちらにいらっしゃい。作戦として必要なことをちゃんと説明しましょう」
(私としたことが、ドアを施錠し忘れるとは……下手にごまかすよりもアビーの興味を引くようにしたほうが良さそうですね)
室内は十畳ほどの広さで入口から見て左側にベッド、右側に紫色のソファーが置いてある。奥に全身が映る大きな鏡が設置されており、ノルンは部屋の中央にいた。焦る気持ちを悟られないように、アビーを部屋の中に招き入れるとソファーに座らせる。
「ノルンお姉さま、大丈夫ですよ。鏡の前でウットリして、見慣れない服に身を包んで小躍りをしている姿なんて見ていません」
「あなた、いつから見ていたのですか?」
「上着を着て、嬉しそうに鼻歌を歌いながらクルクル回り始めた頃でしょうか?」
「最初から全部見られていたのですね……」
アビーの言葉に全身の体温が一気に上昇し、羞恥心に押しつぶされそうになる。何とか踏みとどまりもっともらしい説明を始める。
「アビー、決して私利私欲のためにこの服を身にまとっていたわけではないのですよ」
「すごく楽しそうに見えましたが?」
「すべて今後の作戦のためです。学園内に
「はい、学園の人間は皆同じような服装をしていますね」
「私たちが侵入しようとしても目立ちすぎて、じっくり調査することができなくなってしまいます。もっとも
「さすがノルンお姉さま! 先を見据えての行動、感激いたしました!」
アビーが歓喜の声を上げる。それを見たノルンはホッと胸をなでおろす。
(うまくごまかせたようですね)
「あなたの分も用意してありますわ。早速二人で着てみましょう」
ノルンが指を鳴らすと一瞬でアビーも同じ服装になる。ソファーから立ち上がり、まじまじと自分の姿を見たアビーはその場で嬉しそうにクルリと一回りした。
「これでお姉さまとお揃いですね。すごく身動きがしやすい服でビックリしました。これなら
二人でいろいろなポーズをとっていた時だった。部屋のドアがノックされると同時にフェイが顔を出す。
「ノルン、僕の……って二人で何しているの?」
「フェイ、誰が開けていいと言いましたか? ノックしてすぐ開けるような無礼が許されると思っているのかしら?」
「ノックしたじゃん。なんで
「私たちに課せられた任務のためでしょう。あなたみたいに何も考えていないのとは違うのですよ」
「え、でも今って夏休みっていう期間だろ? まさか知らなかった?」
小馬鹿にしたような顔で二人を見るフェイ。直後、二人の凍るような視線を感じ、自身の過ちに気が付く。
(しまった……一刻も早く逃げなければ!)
考えるより先に身体が反応し、逃げようとしたがもう手遅れだった。退路はアビーによりふさがれていた。首元にポイズニング・ダガーを突き付けられた状態で。
「お姉さま、せっかくですからちょっとお遊びに付き合ってもらうのはどうでしょう?」
「いい考えね、アビー。デリカシーのない振舞いをするようなフェイにはお仕置きが必要ですからね」
「ちょっとまて! 僕が何をしたんだよ!」
「聞きましたか、お姉さま。自らの過ちを棚に上げて見苦しい言い訳をしていますよ」
「これは見過ごせませんね。大丈夫ですよ、ちょっと遊びながらわからせてあげるだけですからね」
「僕が何をしたっていうんだ!」
宮殿内に響き渡るフェイの虚しい叫び声。そのままずるずるとどこかへ引きずられて行った……
数時間後、満足げな表情で廊下を歩くノルンとアビー。対照的に柱の陰でプルプルと震えて小さくなるフェイ。
「いろいろ試せましたし、近いうちに潜入調査に行きましょう」
「はい、ノルンお姉さま」
フェイが報われる日は来るのだろうか……
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