第21話 悲しき事件とはじまりの時
街で買い物を終え、エミリアの迎えで研究所に帰ってきた三人。
「すごく楽しかったね、メイ」
「うん、いろんなお店がたくさんあるね。あれ? アルさんがいるよ」
「ほんとね。深刻そうな顔をしているけど、何かあったのかしら?」
「……三人は車のそばで待っていてね」
エミリアが車から降り、アルのところに駆け寄り、話している表情が徐々に険しくなっていく。
「そう、わかったわ。連絡が来たら報告をお願いね」
「はい、失礼します」
一礼し、去っていくアル。左手を額に当て大きく息を吐くエミリアに心配した三人が駆け寄っていく。
「ママ、何か問題がおこったの?」
「大丈夫よ。向こうのチームが泊まり込みで修業をすることになったと報告があったわ。今夜はリーゼも二人と一緒に泊っていきなさい」
「え、いいの?」
「芹澤くんは研究で忙しいし、メイちゃんとソフィーちゃんの二人だけにするわけにもいかないでしょう?」
「今日はリーゼさんも一緒なんですね! 街のことをもっと教えてほしいからたくさんお話しましょう」
ソフィーがピョンピョン飛び跳ねて喜び、感激して涙を流すリーゼ。二人は仲良く手をつないで宿泊施設へ向かい歩き始めた。
(何も起こりませんように……無事に帰ってきてね、冬夜くん)
門の外を心配そうな顔で見つめるメイ。先ほどから妙な胸騒ぎがしている。
「メイちゃん、どうしたの? もうすぐ暗くなるし、夕御飯の時間だから早く行きましょう」
「あ、はい。すぐに行きます」
宿泊施設の方へ向け歩き出そうとしたとき、門の側に立つ木々の枝が風もないのに大きく揺れ、音を立てる。
不安そうに空を見上げると、
(大丈夫、お守りがあるからきっと……)
打ち消すように首を振り急いで二人の後を追った。
「本日の修業はここまでにしましょう。大丈夫ですか?」
「大丈夫……ではないです。すいません」
道場の床に大の字になり、疲労困憊で倒れている冬夜を笑顔で見守るジャン。
「一切弱音を吐かず、初日のメニューをクリアできたのはすごいことですよ。ほとんどの方は最後までたどり着けないですからね」
「散々しごかれましたから。
何とか体を起こしながら冬夜は話した。しかし、全身が悲鳴を上げており、思うように立ち上がれない。
「素晴らしい。研究所のほうには先ほど連絡を入れておきましたので、今日は泊っていってください。では、着替えの準備をしてまいります。その後浴場へご案内しますので、しばらく体を休めていてください」
言い終えると道場を後にするジャン。一人になった冬夜は修業内容を思い返した。
最初は言乃花と二人で外周のランニング。学園でグランドを走ることがあったため、体力には自信があった冬夜だったが、自分の甘さを思い知らされることとなった。想像以上に敷地が広く思わず弱音を吐きそうになる。ふと隣を見ると涼しい顔で走る言乃花の姿に負けん気を出してしまい、体力を大幅に消耗してしまった。
次に言乃花と別れ、ジャンの先導で先ほど案内された屋敷とは別にある道場に通された。
「アップも終わりましたので、本格的な修業を開始します」
「はい」
午前は精神修業。
(まさか大量のぬいぐるみと目の笑ってないリーゼに追いかけまわされるとは……)
午後からは精神修業と実践形式の組み合わせで、冬夜は魔法使用を許可されたが、ジャンに指一本触れられない。最後は魔力の使い過ぎで動けなくなってしまった。
悔しさと疲労でボロボロになった気持ちを汗と一緒に浴場で流した。火照った身体を冷やすために中庭を散歩していると、空を見上げる言乃花を見つけた。
「こんなところで何しているんだ?」
「気分転換よ。冬夜くんこそどうしたの? ボコボコにされて凹んでいたんじゃないの?」
「うっ……なんでわかるんだよ」
「顔にかいてあるわよ。あの人たちが本気を出したら今の私達なんて一瞬で消されるわよ。でも、イノセント家が追っているファーストはそれ以上の実力者らしいわね」
「な、何者だよそれ? ファーストって……」
「隠すようなことでもないっすから、お話しましょうか?」
背後から声が聞こえ、振り向くといつもの軽い笑顔ではなく、一切の感情を押し殺し能面のような表情で立つレイスがいた。全身から冷気のようなオーラを放つレイスが淡々と話し出す。
「五年ほど前になるっす。イノセント家は密命を受け妖精たちの動向を探っていました。詳細な内容はお話できないっすけど、自分の両親とジャンさんが中心になって
苦虫を噛み潰したような表情になるレイスに、冬夜はかける言葉が見つからない。
ファーストの因縁と悲しい事件をレイスが語り始める。
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